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――火の国、ダストラムにて……。
ガムラオルスは、いつかスケープ当人から勧められた場所を訪れていた。
この地を知っていたからこそ、彼は若干の無茶であろうとも、王の期待に添うことができると断じたのだろう。
ただし、情報元が情報元とあり、ミネアやヴェルギンには口外していない。これを知るのは彼と――。
「師匠が許してくれて良かったですね」
「……誰がついてこいと言った」
「でも、たぶんワタシが必要ですよね? ガムラオルスさんもそう言っていましたし」
「紛らわしいッ! その名を口にするな」
怒られた瞬間、スケープは耳を押さえ、瞼をきゅっと閉じた。
「お前を利用するのはこの後だ。今は使う必要がない」
「……じゃあ、どう呼んだら良いですか?」
「は?」
「ですから、ガムラオルスさんと、あなたを……どう区別すればいいですか?」
あまりに場違い――というよりも、見当違いな問いに、彼は頭を悩ませた。
「なんでもいい」
「でも、口にするなって……紛らわしいって」
「……好きに使い分ければ良い。俺にいちいち聞くな」
「じゃ、じゃあガムラオルスさんと、チェリーくんで」
さすがに怒ったのか、ガムラオルスは彼女の頭を殴りつけようとした。
しかし、またもや怯えるように屈み込み、頭を両手で守ろうとした。そんな無様な姿に哀れさ……というより、関わることの無意味さを悟ったのか、拳を収めた。
「好きに使い分ければいいって」
「ものには限度がある……最初の呼び方でいい」
「ガムラオルスさんとあなた、で?」
「ああ、もうそれでいい」
ただ面倒といった様子で、彼は頭を掻きながら肯定した。
「二人は別人なんですよね?」
「ああ」
「……なるほど」
何かを考えるような仕草を見せた後、スケープは彼の手を掴むと走り出した。
これにはガムラオルスも驚き、驚くあまりに抵抗することさえできず、彼女に引っ張られていった。
ダストラムは首都の付近ではあるのだが、道行く人は少ない。そして、その少ない人々も世相を知らぬ態度で走る二人を避け、道の脇へと退いた。
そして、避けた後に彼らは奇妙な二人組を奇異の眼差しで見つめる。当たり前の光景だが、長らく山で戦っていたガムラオルスは、これに異常なまでの羞恥を覚えた。
「放せ! どこに行くつもりだ!」
「盗賊のアジトを探るんでしょ? なら酒場を巡るのが一番」
急に口調――どころか、態度まで変わった為か、彼は恥や怒りを忘れて足の動きを同調させた。
しばらく走ると、二人は酒場に到着した。珍しいことに、冒険者との関わりのない、普通の酒場だった。
まだ扉さえ開けていないが、それはガムラオルスでさえ察しがついた。
こうした純粋な飲み屋というの数が限られるが、それでも冒険者ギルドは創設当時のやり方を踏襲し、店には冒険者のエンブレムを提示するように義務づけている。
もっと言えば、これは酒場に限った話ではなく、冒険者ギルドと提携した施設であれば大抵の場所に見られるものである。故に、今年に成人となったばかりの彼でさえ、それを読み取れたのだ。
「盗賊ギルド系列か?」
「ご名答」
そう、これが普通の酒場が淘汰された最大の理由だった。
提携する店は数多しとはいえ、斡旋を任せているのはこうした場所に偏っている。
そして、店のマスターとしても、こうした斡旋業を請け負った方が客入りや収入増が見込まれると来ているのだ。
故に、これを断る理由はない。理由があるとすれば、冒険者ギルドに関わられては困り、冒険者に我が者面で居座られては厄介という店――つまり、盗賊と繋がりのある店だ。
盗賊ギルドの現ボスであるストラウブが密約を交わす以前は、こうした店に客として入り、名うて――顔が割れていれば誰でもいいのだが――の盗賊を狩る冒険者が多く居たほどである。
とはいえ無防備だったわけでもなく、中に囲いの盗賊を入れることで逆に袋叩きにする例もあったなど、両者間の均衡は比較的に保たれていたと言える。
だが、少なくとも今断言できるのは、この店が一般のそれとは違うということ。
そして、密約による新体制が築かれた後にあっても、内部の客層には大きな変化がないというところにある。




