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アルマが声を上げたことで、場に満ち始めていた不和の気配は僅かばかりに緩和された。
彼女の参加こそが、この部隊を成立させた最大の要因とも言える。
自主的な参加者は半数以下、残りは彼女が自ら頼み回り、かき集めた人員だったのだ。
いくら情勢が悪化していこうとも、彼女の持つ聖女としての影響力は未だに衰えてはいない。
「……では、とりあえず徴収額を高めよう。軍資金がないことには、首も回らない」
「その対応が良くないんだ! 急激な重税が民の不満が高めていることにまだ気付いていないのか」
「そうだ。内通者の発生も、こうした政に問題があると言わざるを得ない」
「内通者がいるというのであれば、それこそ絞り上げて動けなくするべきであろう。徴収しなくなったとして、それで身内に戻ると保証できるのか? それに、だ。民の不満が高まったのは元宰相が民を騙し、国の金を私用に使ったことが原因だ――重税を科しているのもまた、その余波から立ち直る為……責任転嫁はやめてもらおう」
どちらも部分的に正しいからこそ、停滞や膠着は加速していった。
財政的な問題については、彼が門外漢だからこそ過剰に手を出している節がある。財務に詳しい文官であれば、これが無駄な徴収だと気付き、また指摘もできるほどだ。
とはいえ、こうした指摘は片っ端に撥ね除けられていた。
信じていないわけではないにしろ、自分の身を固め、兵からの信頼を早期的に得る為には残された額では不足だったのだ。
戦場でのばらまきにより、彼を認めるという動きが生まれたわけではないのが、なかなかに見当違いで滑稽に見えた。
「今はみんなに協力してもらった方がいいと思うよぉ。だから、お金を取り過ぎるのはよくないと思うの」
「ですが……」タグラムは弱った。
「巫女様の言うとおり、焼け石に水であっても、今は信頼を取り戻す方向に進めるべきだ」
「無駄な徴収を減らし、謝罪を行えば変わろうとする意思が見えるはずだ」
アルマがもたらした影響は、ここにも響いていた。
現タグラム政権に不満を持つ者達は、当然の権利のように批判を強めた。
協力者の少ない部隊に手を貸しているという借りがある上、アルマという部隊の御旗の言に協調している以上、これを撥ね除けるのは難しい。
「(いくら巫女の影響力が重要とはいえ、身内に抱えたのは失敗だったか)」
タグラムは内心で、このように考えずには居られなかった。
彼からすれば、アルマは政治に関しては全くのど素人であり、口出しはつまり余計なお世話にしかならないと考えているのだ。
そもそも、神皇派の体制が彼をトップとしたワンマン制である為、こうした役割分担の複合部隊は苦手分野だったのだ。
「巫女様の意見は分かりました。しかし、急激な変化は民に混乱をもたらします――ですので、軽減は段階的に行うとしましょう」
「なるべく早く下げるべきだ。悠長なことをしていては、それこそ手遅れになる」
「急に下げれば、それこそ今までの重税に対する疑惑が深まるであろう。だからこそ、ここは徴収を抑えられるように努力しているように見せるべきだ」
「欺瞞をもってして民を騙そうというのか!? それこそ、シナヴァリア様に向けた批判と同じことだ!」
「彼は今、宰相ではない。口には気をつけるべきだろう? ――しかし、今は見逃そう」
自分の時は話が別、あまりにも都合の良い言い方でしかないが、多かれ少なかれ人間ならば誰しもが持つ性質である。
ただ、人間の悪習による付け焼き刃というわけではなく、このやり方はおおよそ間違ってはいなかった。
形はどうであれ、急激な減額はそれまでの金に疑惑を抱かせるのは事実である。
その上、人間は相対的に物事を考える為、急に下がったところですぐに文句を吐き出すようになる。であれば、じっくりと下げていった方が不満の軽減という効果は望めるわけだ。
「巫女様、いかがでしょうか?」
「うん、ありがと……ありがとうございます」
大げさに頭を下げた彼女を見て、それまで席を立つまでしてヒートアップしていた者達はばつが悪そうな顔をみせ、席に座り直した。
彼女が計算尽くで動いていた、ということは当然のようにない。
アルマはただ、タグラムが民の側に妥協を許したことが嬉しかったのだ。強者の妥協こそが理解への第一歩であることを、彼女は直感的に理解していた。




