変革の主、フォルティス王
「なんか久しぶりな気がするな」
「そうなの?」
フィアは善大王の手を握ると、不安そうに彼の顔を検める。
「どうした?」
「うーん、人が多いから少し……」
《風の大山脈》ではほとんど人がいなかったが、この水の国は世界的に言ってもかなり発展している部類の国だ。
歴史の古い国でもあり、規模からいっても世界で最も人口が多い。圧倒的なまでの領土や文化に重きを置いてきた形式が影響しているのだろう。
「冒険者時代に結構来ているからいい場所を知っている。怖かろうが、とりあえずは歩いてみるぞ」
「うん、頑張る」
フィアの好みについてはある程度察しがついていたらしく、善大王は歴史の古い図書館へと向かった。
荘厳な雰囲気もさることながら、室内には数え切れないほどの本が所蔵されている。
「わぁ、すごい」
「どうせ本には興味ないだろ? 絵本の場所に行くぞ」
「そんなこと、ないもん……でも、そっちの方がいいかも」
少し歩くと、子供用の区画に入る。こちらもやはり本の数は莫大で、毎日読み続けても処理し切れなさそうな量が置かれていた。
本棚に近づいた時、善大王は違和感を覚える。
「私が見たこともない本もある! ライト、ここすごいね」
「ん、まぁ確かにな……しかし、いやなんでもない」
置かれている絵本のほとんどがあまり良くない保存状態になっていた。
彼が知る知識によれば、水の国は文化保全に特化している為、かなりの金を掛けて保存用の《魔技》を発動させているという。
しかし、これを見る限りはそれが行われている形跡はない。普通に所蔵されている、というだけだ。それどころか、本のメンテナンスも行われていないように見える。
軽く図書館内を見渡すが、ほとんどが一般人ばかりで司書らしきものは見当たらない。入口の受付に一人だけはいたのだが、言うまでもなくその数で管理ができるはずもない。
「(数年前はもっと栄えていたと思うが……)」
善大王の記憶には図書館関係者十数人がそこらに歩き回り、本の管理を行っている光景が残っている。
「ライト、ライト! 本読んであげる!」
「うん、聞かせてもらおうかな」
巫女として強力な力を持つフィアだが、容姿や考えは子供とまったく変わらない。
うまくもなく、どちらかといえば下手と言えるような読み聞かせを聞きながら、善大王は疑問を頭の隅へと追いやった。
昼には図書館を出て、昼食を取ることになった。
ミスティルフォードは食文化がさほど分かれておらず、どこの国でも同じようなものが食べられるようになっている。
ただ、まったく独自の食文化がないかと言われれば、そうではない。
善大王としては、せっかくフィアと旅行しているのだから、変わったものを食べたいと考えていた。
国により推奨されている、古い時代からの老店を選び、フィアを連れて店の中に入った。
白を基調とした清潔感のある店内。儀式などが行われる宮殿を思わせる白大理石の机や椅子が特徴的で、視覚的にも楽しめる仕組みだった。
適当な座席につき、メニューを確認してから店員を呼ぶ。
店内はそれなりに混んでいたが、それを含めても来るまでにかなりの時間を要した。
「塩焼きと刺身を頼む」
素早く注文を済ませ、善大王はフィアに向かい合った。
「ライト、お腹へったよぉ」
「ま、我慢しろって」
結局、相当な時間待たされ、ようやく二つの品が届けられた。
塩焼きをフィアに渡し、善大王は刺身に手をつける。
以前に食べた時は満足いく味と記憶していた善大王だが、どうにも味に納得がいかなかった。
「なんか、あまり美味しくないね」
「うむ……ちょっと待っていてくれ」
善大王は席を立つと、注文を受けている最中の老齢店員に声をかけた。
「少しいいか?」
「はい、なんでしょう」
「あまり人に聞かせたくない話だ」
そう言って店の奥にいくと、善大王は怒るでもなく、純粋に疑問と思っているかのように問う。
「この店の味、明らかに落ちていないか? それに、店内の効率も……」
不意に、厨房が目に入る。
中には一人の料理人がいる程度で、それ以外には誰もいなかった。
「現国王様の政策です。今では援助金も大幅に削られ、店の利益で店自体を維持するのがやっとという状態でして。店長の私が働かなければならないほどに」
この店は古い時代からの、歴史のある建造物だ。それ自体が歴史的価値を持っているだけに、図書館のように管理を杜撰にできなかった。
結果として、苦肉の策を打ち出さざるをえなかった。つまるところ、人員削減と食材の厳選。
「……そうか、時間をかけさせてすまなかったな」
善大王は席に戻ると、食事を腹に掻っ込んだ。フィアも文句を言っていたが、とりあえずは納得させていた。




