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「族長と共に戦っていた、というのは本当か?」一人の男が言う。
「ええ」
「……お前は手を貸すと言った。だが、我々と並び立てるとでも思っているのか?」
傲慢な発言のように聞こえるが、前述の通り――そして過去の例を見る限り、彼らがこうした発言をしても仕方がなかった。
エルズが彼らに勝利、もしくは洗脳を成功させる為には、命を賭ける他にない。その上で運の勝負を強いられるのだ。
過去はその賭けを放棄し、待つに徹していた。だが、今の彼女であればそれはない。
「ティアを助ける為なら、恐れは捨てるわ」
「……気概は確かなようだな」
「気持ちだけじゃない。エルズはガムラオルスと同じ――ティアと同じ、特殊な力を持った人間なのよ」
ティアを強調したつもりだが、一族の面々が気にしたのはガムラオルスの方であった。
「なに……あの男と」
「エルズの神器は《邪魂面》、対象の精神を強制的に支配する力を持っているわ。ガムラオルスの飛行能力と比べて地味だけど、その力は強力よ」
彼女は詐術の如く、面識の浅いガムラオルスをよく知る人物であるかのように騙った。
これによって、一族の者達は彼女の力量に当たりを付け、評価を改めた。
「それに、ガムラオルスの敷いた軍法もおおよそ理解できたわ。エルズを使えば、その引き継ぎくらいはできるわ」
「それは本当か!?」
「ええ、だってエルズがここに来たのは――彼本人から頼まれたからよ」
ティアに使わなかった切り札を、この場で開示した。
この発言に関しては様々な語弊があるものの、彼女に山の運命を託した人物がガムラオルスであることは間違いない。
幸いなことに、彼の離反から代理の者を立てる、という流れも比較的道理が通っていた。
「なるほど、資格は有しているわけだな」
「さ、どうする? 前の侵入の件で因縁が残っているっていうなら、死なない程度の制裁は受け入れるわ」
明らかな挑発だったが、彼女からすればそこは気にするところではなかった。
ここまで情報を出しながら、それに乗ってこないような相手は仲間にするには値せず、洗脳して解決でも構わないのだ。
ただ、ここで洗脳が可能であるという重要な要素を晒した以上、彼女は内心で信じたいと願っていたのかも知れない。
「……制裁なんてするはずがないだろう。君が我々に手を貸してくれるというのであれば、これほどまでに望ましいことはない」
「本気?」
「ああ、本気だ。正直、俺達じゃ族長補佐の穴を埋めきれた、なんて風には思えない。だから、苦肉の策だ」
これを言ったのが看守の男だったことも相成り、エルズは里の置かれている状況をより強く認識した。
「里全体は、ガムラオルスを中心に回っていたってこと?」
「……皆は後々からそう言っている。我々のように、策を講じる立場の者達は、あの男が如何に一族を支えてくれていたのか、それを理解していた」
皆、というのは族長のティアを擁立し、以降も彼女に頼り続けてきた者達だろう。
それに対して、ガムラオルスと同じく里の近代化に務めてきた彼らは、他里の若人達であった。次期族長と目され、自ら合併を申し出た者達だ。
「十中八九、俺達以外はお前が加わることを良しとはしないだろう。あいつらは族長が全部どうにかしてくれると思っている。何にも見えちゃいない」
「我々とて族長を支えることに異はないが、だからといって無茶をされては対応しかねる。あのガムラオルスでさえ、その対処に苦労していたほどだ」
「つまり、ティアの無茶とそれに容赦なく頼る人達が問題……ってことね」
一同は頷いた。これは火を見るより明らかであり、彼女が危機的状況に陥りやすくなった原因だった。
かつて地上で戦っていた時代は、場当たり的に人助けをしていただけに過ぎなかったが、これが共に戦う戦士ともなると話が違う。
皆が一様に彼女を頼れば、きっとティアはその期待を裏切らない。分散すれば軽くなる負担も、それを一所に寄せれば過重となる。
こと戦闘に関して言えば、エルズは彼女の足を引っ張ることなく、むしろその軽減に務めていた。だからこそ、彼女らは雷名を轟かせ、かつティアが純粋な戦闘において危機に陥ることも少なかった。
「(ティアが集団戦が向いていないなんて、見ればすぐに分かるじゃない――なんで族長なんかにするかなー……)」
極端な話、彼女が一人で迎撃に回れば、そこまで大きな問題は起こらないだろう。もっと言えば、彼女が族長という重い立場でなければ、彼女を過保護にしなくても良くなる。
全てが全て裏目裏目になり、適材適所という配置ができていない悪い例となっていた。
ただし、これも必然であった。ウィンダートがかつて言った様に、ガムラオルスが主権を握れば、間違いなく里は今ある形を失っていた。
それを防ぐことに主眼を置くとなれば、当然無理の数だけ歪みが広がる。
道理を無視することが人の強みではあるが、ほどほどにとどめなければ枠組みは負荷に耐えきれずに壊れてしまう。
そして何より、カルマの時代とこの時代では人の精神性が違っていた。
危機を前にし、英雄カルマは人を求め、彼らの助けを十二分に受けた上で戦った。人々もまたそれに応え、彼女の為に戦った。
対して、今の状況はティアがそもそも他人を求めず、他人もまた彼女に全てを任せきりにしているのだ。
再来とは名ばかりで、実態は正反対。実のところ、前族長はこの点を読み違えていた。
いくら似た性質を持とうとも、歩んできた時間や経験が少し違えば、それは大きな差違となる。
過ごす時間がたかだか十数年だとしても、角度がほんの少し違うだけで、その行く先が遠く離れていくのと同じように。




