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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
914/1603

7r

 ――風の大山脈にて……。


「ガムラン、どうして……」


 ガムラオルスが山を去ってからしばらく経ち、里は次第に落ち着きを取り戻し始めていた。

 それとは対照的に、ティアは日々焦りを増していき、こうして一人で山を歩き回ることが多くなった。


 もしかしたら戻ってくるかも知れない、そんなありもしない可能性に(すが)り、危険の中に身を置いていたのだ。

 無論、一族に彼女を止められるだけの者はなく、こうした危険な行動でさえ見過ごす他になかった。


 里は落ち着きを取り戻したと言ったが、その落ち着きというのも、決して好意的な解釈ではない。

 ないものはないと受け入れ、組織構造をなあなあにまとめ上げただけである。最大の皮肉は、彼が残した構造の多くが採用され、それによって首が回っているという状況であることだ。

 当たり前かもしれないが、ティアは(すい)として動いたことがないのだ。

 部隊の統御を行ってきたのは、常にウィンダートやガムラオルスといった現実を知った者達だった。


 必然、優れた部隊編成や策が採用される。彼女が人を縛る(たち)ではないということもあり、実質的な不干渉の立場になったのだ。


 君主は戦に関わるべきではないというが、この部分でいえばティアが君主であり、ガムラオルスなどが将であったということになる。

 戦争という部分を考えると、彼の喪失は想像を絶するほどの被害をもたらし、今後の即応性は間違いなく損なわれることだろう。


 ただ、彼女はそのような部分を見てはいなかった。ただ一人の女子として、想い人の喪失を嘆いているのだ。そして、戻らぬものを追い続けている。


 こうした無駄な散策は何日も続き、今日もまた収穫なしで終わるかと想われた時――ティアは何かを察知した。


「(……闇属性?)」


 久しく感じていなかった魔力に、彼女は目つきを変えた。

 この山に攻め込んでくるのはもっぱら魔物であり、闇の国が踏み込んだのは戦争初期、それも小規模である。


 彼女は知らないが、カルテミナ大陸の敗北以降は敵地遠征が縮小を受け、部隊規模で大陸を訪れることは減った。

 ただ、前述した通りに彼女はそれを知らない。十分に可能性はあるとし、敵意を強めたのだ。


 自分自身でも迫りながら、標的との距離を詰めていく。実際はそのような行為に意味などなかった。

 初期の襲撃について述べたが、これについては戦闘が発生したという話ではないのだ。

 そもそも、罠が無数に張り巡らされ、情報も限られた山脈を踏破するなど現実的ではない。

 第一群もほとんどが罠で命を落とし、逃げ延びた者こそあれど、戦闘に至った者は一人としていなかった。


 しかし、今回の例は全てにおいて異様だった。

 敵は単騎、しかし魔力の量や質はかなり上等。その上、明らかに罠を突破しながら進行を続けている。


「(こっちの事情を知っている? ……でも、知っている人なんて)」


 疑う心がないというのは、リーダーとして有用な才覚である。ただ、彼女はその可能性を見ていなかった。

 ガムラオルスが地上で情報を売り、この山の攻略法法を開示してしまった、という可能性。


 明確な罠の配置などを知っている者ともなると、シナヴァリアやガムラオルスくらいのものである。両者とも一族の中枢に触れ、数年単位で里の内情を更新している男だ。

 注意に注意を重ね、対象との距離を詰めていったティアは――魔力だけを頼りに先制攻撃を仕掛けた。


「ッ――」

「!?」



 両者は攻撃の寸前で停止した。

 ティアの爪先は拳一つ分ほどの距離を取り、標的の頬に迫っていた。

 対するエルズは、仮面を装着し、今にも洗脳を行おうとしている。

 互いに相手を仕留め切る手札を揃えながらも、二人は気付いたのだ。いや、正しくはその線を予見していたのだ。


「エ、エルズ!?」

「ティア、よね?」


 互いが互いの魔力を忘れるには不足な時間だったが、二人は再会は叶わないと理解していたからこそ、こうして最後の最後まで戦いの意思を消さなかった。

 しかし、全く意識しなかったわけではない。だからこそ、こうして最後の最後に止めることができた。


「ど、どうして? エルズは……エルズは冒険者として戦っているはずだよね」

「ガム――ごめん、ティア」


 ガムラオルスから託された、という言葉を紡ごうとした彼女だったが、咄嗟にそれを収めた。

 この場において言い訳などが無意味であり、必要なのが純粋な謝罪であると分かっていたからだ。

 許される気などなく、この場に訪れた本当の理由は彼ではなく、彼女自身の個人的な欲求だったことも一因だった。


 だが、きっとここで告げることができていれば、ティアはほんの少しの安堵を獲得できていたことだろう。通常の計り、叱責に対する言い訳の無意味さという、常識が互いの情報交換を阻害した。


「会いたかったの、ティアに」

「……」

「駄目、だったかな」

「……駄目だよ。エルズがいなきゃ、誰が外の世界を守れるの?」


 所詮(しょせん)は口実でしかなかった。あの場にエルズを置き去りにしたのは、ガムラオルスがそれを是としなかった。

 だからこそ、それらしい理由を残して彼女は立ち去った。自分の消えた後の世界を相棒に託した、という気持ちが嘘というわけではないにしろ、そこまでして固執することでもなかった。


 だが、彼女はそれを認めなかった。一度は掲げた願いを、嘘だと思いたくなかったのだ。


「外の世界は大丈夫。ティアは知らないと思うけど、みんなが頑張って、あと少しで闇の国を倒せる、ってところまで来ているんだよ」

「えっ……本当なの?」


 エルズは無言で頷いた。

 本当は根も葉もない話であり、カルテミナ大陸を打ち破ったことは事実だが、その裏に潜む黒幕は未だに健在である。

 より事情に通じている彼女だからこそ、この嘘はより大きなものになっていた。


 ただ、それで十分だった。ティアからすれば、戦争が終わりに近づいている、ということはあり得ないことではなかったのだ。

 時折顔を見せる様になった太陽、黄昏の輝き、それらが平和の予兆だとすれば辻褄が合うのだ。


「じゃあ、エルズはなんでここに?」

「善大王様から頼まれたの」


 一度踏み外した瞬間、そこにあった現実はヒビの入った食器を突くようにして、凄まじい勢いで崩れていった。


「善大王さんが? どうしてエルズに? それに私のところにって……えっ?」


 全くわけが分からなくなっていたティアだが、エルズは落ち着いた様子で虚の織物を紡いでいく。


「善大王様とフィアさんが麓に来ていたこと、ティアは知ってる?」

「……えっ!? 来てたの?」

「うん。本当はカルテミナ大陸っていう――闇の国の船を倒す為に、ティアの力を借りに来たみたい」


 麓と盛ってはいるが、実際にその意図で彼らは動いていた。

 幸いなことに、アカリを通じてこうした事情を知っていた。だからこそ、嘘に本当を交えながら物語を描くことができた。


「そう、だったんだ」

「でも、二人とも用事ができたからって、エルズに頼んだの」

「……じゃあ、私はエルズと一緒に地上に?」


 ここで言葉が詰まった。

 この流れで言えば、そうなるのが当然である。とはいえ、ガムラオルスから託されたのはティアと、彼女が守る山である。


「来てくれる?」

「ごめん。私はここを守らないと」

「――だよね。善大王様もそう言うだろうって言ってたから、エルズもティアと一緒に居る」

「えっ?」

「ティアが付いてきてくれるまで、説得するってこと。それまでは、エルズも山を守る為に戦うから」


 しばらく考えたものの、渡り鳥は相棒の意図が掴み取れなかった。


「私が絶対行かないって言っても?」

「絶対、なんてことは絶対ないからね。もしティアがその気になったらでいいよ」


 あまりに都合のいい話だった。

 普通であれば、こんな怪しい話には裏があると勘ぐるところだが、ティアはそう考えなかった。

 彼女は純粋に、救いを求めていたのだ。強かな精神と肉体を持つ彼女であっても、恋人との別れという大事件を受け、心身共に衰弱しきっていたのだ。

 だからこそ、助け舟があるというのであれば、それに乗る。そこに迷いはなく、心の抑圧から解き放たれたいとばかりに、飛びついた。


「本当に行かないからね」

「ティアの頑固さは理解しているつもりだよ。それでも――ううん、とりあえずは一緒に居られるだけでも満足かな」

「……えへへ、実は私もエルズと同じ気持ちかな。エルズが居たら、百人力だよっ!」


 二人は笑みを浮かべた後、握手を交わした。


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