3v
――火の国、フレイア周辺にて……。
「いくつか頼みたいことがあるんだが、構わないな?」
「はい」
二人はあと少しで到着という段階に来て、話し始めた。それまで沈黙していたというのも奇妙な話だが、こんな場所で立ち話というのも妙ではある。
「俺に伝言を伝えておけ」
「ガムラオルスさんに?」
「ああ、その意味はすぐ分かる。俺はきっと、お前に敵意を向ける――その時、俺の言う内容を言えばきっと攻撃はしなくなる」
「は、はあ」
何のことだろうか、と思いながらも、彼女はその疑問を口にすることもなく適当に返答した。
「傭兵になりたければ、スケープを利用しろ。こいつは盗賊ギルドと通じている。この有事において、国は盗賊の予期せぬ行動を恐れている。だからこそ、アジトを落とすことができれば、ヴォーダンは呑まざるを得ない」
「……」
「以上だ」
「えっと」
「メモは用意してある。これを渡せばそれだけで十分だ」
そう言うと、彼は紙切れをスケープに手渡し、背を向けた。
わかり切っていたと言わんばかりの行動だが、このようなものを用意しているのであれば、口頭で伝える必要はあったのだろうか。
もちろん、彼女はそれに気付いていない。というよりも、ただ親切な行動という程度にしか認識できていないのだ。
「では、俺はここで消えるとしよう」
「はい」
あっさりとした別れだが、彼は何かを口にすることもなく、腰に差した剣を地面に突き立てた。
次の瞬間、明るい光が彼を包み込み、幕の如く閃光が彼の姿を隠した。
「(あれ、今の言い方じゃワタシがあの人を裏切るみたいじゃ……)」
次第に光が弱まっていくと、それまであったシルエットとは明らかに違う――一回りか二回りほど小さくなった男が現れた。
「……ここは」
幾度か瞬きをしたガムラオルスは、地面に突き刺さった剣を一瞥した後、周囲を確認した。
そこに立っていたのは、驚いた顔をしたまま固まっているスケープがただ一人である。
「お前――どうしてここにいる」
「こ、これをどうぞ!」
予測不能の状況を恐れたのか、彼女は何かを答えることを避け、素早くメモを突きだした。
これには警戒心を強めるガムラオルスだったが、メモ紙の文字が自分の筆跡と同じ──多少綺麗だが、癖は同じなようだ──だったこともあり、確認を優先した
その内容は先ほど彼が話したものと同じだったが、それ故にガムラオルスは混乱した。
「……これは誰から渡されたものだ?」
「ガムラオルスさんです」
「冗談か? それに――ここは砂漠だ。俺はさっきまで、水の国に居たはずだが」
記憶が飛んでいた。彼の認識の中では、キリクとの戦いの直後、全てがすっ飛んでこの場面に現れたことになっているのだ。
敗北したとすれば、生きているのは奇妙である。だが、勝利したにしては掃除烏の一同がいないのがおかしい。
彼からすると、全てがもとより幻術だった、とするほうがよっぽど違和感のない状況だった。
そんな彼の困惑など知ったことかとばかりに、スケープは挙手をした。
「あの、ガムラオルスさん……ワタシ、盗賊ギルドを裏切るんですか?」
「……どういう意味だ?」
この場には、指示の発令者やそれを理解した者は一人としていない。
ガムラオルスは全く状況を理解しておらず、本人から指示を受けたスケープでさえ、聞きそびれた疑問によって混乱している。
「これはお前が手配した悪ふざけではないのか?」
「ガムラオルスさんが渡したんです」
「……そのガムラオルスはなんと言っていたんだ?」
「その紙に書いてあることと同じです!」
紙を確認さえしていないというのに、彼女は断言するように言った。幸い、その通りであるのだが、随分と思慮の欠けた行動だった。
「(俺がティアへの反抗心で里を抜けただと? ……ふざけたことを書いたものだ)」
そう、ここには一つだけ余計な文言が追加されていたのだ。
その内容は彼が言った通り、彼が里抜けをした意図であった。実のところ、彼自身は図星を突かれていたのだ。
ただ、それは認められない。自分自身で大義名分を作り、それによって飾り立てることで一個人の都合ではないように錯覚させているのだ。
ただ、それが怒りに直結しないのにも理由がある。
言うまでもなく、スケープはこうした里での問題を全く知らないのだ。知るはずもないという認識が彼の中にもある為、これは強調される。
そうなると、本当にガムラオルスとされる第三者が必要になってくる。
「(これを書いた奴は、俺の何を知っているんだ。それに、まるでこの先に起こることを知っているような書き方……)」
彼は本人だからこそ、それに気付いた。
この文章を書いた人間が間違いなく、自分の望みを知り尽くしていることを。そして、おそらくそれに従えば願いが叶うのだと。
「スケープ、俺に従え」




