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「……また、負けか」
起き上がった善大王が第一に見たのは、ティアの裸体だった。
少女の裸体は善大王にとって好物ではあるのだが、今はそれ以上に気になることが存在していた。
斬撃によって浴びせたはずの傷がまったくない。傷が治療された痕跡すら残っていなかった。
「み、見ないで! ライトは見ないで!」
フィアがすぐに善大王の目を隠すが、それに対してまったく抵抗することもなく受け入れ、問いを投げかける。
「フィアが治したのか?」
「う、うん。そうよ」
「天属性の術なら、できるかもしれないな。なるほどな」
善大王は納得し、ティアの着替えが終わってから目隠しを取られた。
「善大王さん、今回はかなり強かったね」
「いや、それでも負けは負けだ」
最後の一撃を防ぎきれていれば勝てていた、という自覚があるだけに、善大王は相当落ち込んでいた。
もちろん、彼ほどの男がそれを悟られるような態度を取るはずがなく、外見上は普通に見える。
「ちょっとライト! 使わないって約束したのに、何で使おうとしたのよ!」
入れ替わるようにフィアが善大王の前に立った。
「いや、これはお前の為を思ってだな……あと、国の為」
「私情で使わないでって注意したはずよ! それを忘れないで」
神から力を与えられているのに、それを自由に使えないとは──と、善大王は呆れ気味に考えていた。
「ま、とりあえず用事も済んだし……帰るか」
「ええ、そうね」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
呼び止めようとしているティアに対し、善大王はやさしく笑う。
「ああ、長居しすぎたからな。これ以上はお世話になるのも気が引ける」
そういうとティアも納得し、何度か頷いた後に、善大王の手を引いた。
「善大王さん! またいつでも挑戦してくれてもいいからね」
「おう、何度でも挑みに来るぞ」
そうして、三人は山を降りることになった。
数日にも及ぶ移動とはいえ、ティアについては慣れているので問題ない。善大王ももちろん、文句を言うことはなかった。
ただ……。
「やだ! ベッドがいいの!」
「文句言うな! ってかここくるときも散々文句言ってただろ!」
「文句言っても不満が消えるわけじゃないの!」
言い合う二人をみて、ティアは噴出した。
「あはは! 二人とも面白い。でも、いいなぁ……私もガムランとこんな感じに仲良く喧嘩したいなぁ」
「いや、喧嘩はいいものじゃないぞ。それに、フィアに関してはただのわがままだ」
「いーいーえ! 正統な要求よ!」
「この引きこもり姫が!」
「引きこもりは私のせいじゃない! お父様が閉じ込めていたのが原因だから!」
「揚げ足取るんじゃない!」
結局、その日は善大王の上に乗っかることでベッド代わりとし、妥協されることとなった。
翌日、ようやく山の麓に到着し、ティアは足を止める。
「じゃ、私はここまでだから」
「おう、ありがとな。まぁ、そのうちくるよ」
「その、ガムラオルスと、仲良くなれるといいわね」
フィアは不恰好に、ティアを励ますような言葉を掛けた。相変わらずコミュニケーション能力は低い。
ただ、そんなフィアの言葉が嬉しかったのか、ティアは抱きついた。
「うんっ! ありがと。フィアも頑張ってね」
「え、ええ! 頑張る!」
二人の少女の微笑ましい光景を眺めた後、善大王はフィアの手を握って歩き出した。
「よし、とりあえずは水の国にでも行くか」
「うん。向こうならちゃんとしたベッドもありそうだし」
善大王は乾いた笑いを浮かべ、水の国への道を歩き出した。