懐かしき者との再会
――闇の国、マナグライド城下町にて……。
「これ、買うし」
藍色のマント――マナグライドの制式装備だ――をフードのように被った少女は、ケーキを指で差していた。
そんな少女の様が物珍しかったのか、ひどく疲労した様子の店主は視線をそちらに向けていた。
命じられた男は気を悪くしていたのか、ずっと黙っていた。しかし、彼女が指で指定しなおすという催促手段を取ったからか、やむなくという形で頷いた。
彼は懐から札を取り出すと、人指し指で台を叩き、店主の意識をこちらに向き直させた。
「へ、へい」
突き出された札を受け取ると、急ぐようにして指定された品を包装し、差し出した。
これがそのままのやり取りだった。商売というよりも、献上や徴収に近い状況だった。
事実、近頃の闇の国は他国の通貨を使用する必要はないとし、自国で魔札という独自貨幣を刷っていた。
とはいえ、それを吐き出すのは軍である。国民同士の場合、原則的に元来の方法で取引が行われている――無論、これは彼らが自主的に行っていることだ。
当たり前だが、既存通貨は鉱物によって構成されている。故に、これを無尽蔵に生み出すことは難しく、価値はある程度確定している。
反面、紙幣という形式の魔札は国が破綻した瞬間、価値を失う。その上、現金交換は一切不可能ということもあって、逃げ切りという手も使えない。
勝てば問題ないとはいえ、カルテミナ大陸の敗北が現実味を帯びている今、これを手放しに信じられる者はいないだろう。
結果として、この方法での支払いはただの徴収となる。
「……つまんねー」
「食せれば、関係はない」
二人は急ぐようにしてその場を後にし、マナグライド城へと向かった。
城内の地下牢まで続く長い道を進み、そこからさらに最奥部の壁を開け、彼女の部屋に辿りつくまで歩かなければならない。
当たり前と言うべきか、ライカは憤っていた。壁を越えた時点で、マントを適当に脱ぎ去り、地面に投げ捨てた。
ディードは舌打ちをした後、自身のマントを拾い上げると、元の鞘に収めるように自分に纏わせた。
「こんなクソなげー道、歩かせんじゃねーし」
「……」
彼はずっと黙っていたが、ついに限界に達したらしく、表情を険しくした。
「わたしは巫女様の命令に従っているに過ぎない」
「なら、なにも問題ねーじゃん。ライムの奴、アタシの要求は可能な限り呑むって言ってるし」
「その約束をしたのは、巫女様だと肝に銘じておけ。わたしがお前にも従うとは限らない」
「はーん、アンタは巫女サマの命令を無視するってーの?」
捕虜の立場であり、術も使えないというのに、ライカは依然として強い態度を維持していた。
知恵の働かない彼女でも、こういう悪知恵に限っては伝達率がとても高くようで、言い分もおおよそ筋が通してある。
だからこそ、余計に相手の気を悪くさせる。
ディードは鍵を開けると、彼女を蹴りつけるようにして牢の中へとぶち込んだ。
「こういうことが可能、ということだ。所望の品は用意するが、それ以外に関しては慣例通りに扱う」
「ハン、いい度胸してんじゃん。それに――それでアタシの上に立ったつもり? アンタ言ったし、カンレーどーりって。なら、別にアンタじゃなくてもここまでできるってことじゃん」
彼女は暴力を受けてもなお、弱気を見せなかった。それどころか、食ってかかった。
「……態度を改める気はないようだな」
一度は閉めた扉を開くと、彼は囚人という安全圏で胡座を掻いている娘の傍に寄り、蹴りつけようとした。
しかし、彼女はこの場にあってもなお、諦めてはいなかった。




