13v
眼前で繰り広げられた激戦を見てか、スケープは何かを取り繕うこともなく、ただ黙って口を開けていることしかできなかった。
「その様子……あの男とは繋がっていないようだな」
「……?」
「スタンレーだ」
主の名を出されてか、彼女はようやく言葉を思い出し、素早く首を縦に振った。
「この時代、奴はまだ生きているのか?」
「えっ」
「奴はまだ生きているのか、と聞いている」
「あの人が死ぬはずありません」
「……ならばいい」
彼女は鈍感であるはずだが、こと主の話ともなると、かなり敏感な反応を見せる。それこそフィアにおける善大王や恋の話と同じだ。
ただ、やはりというべきか、鈍さに変わりはない。彼女は己の口を以てして、スタンレーとの繋がりを明らかにしてしまったのだ。
この場は幸い、誰も見ていない。それ故に油断していたのだろうが、ガムラオルスがそれを引っ提げて火の国に向かう、という点への注意が欠如していた。
「あなたはガムラオルスさんですよね」三回目だが、やはり言う。
「そうだ」
「外見が違うのは、なんでですか?」
いくら物忘れの激しい――他人に興味のない彼女とはいえ、さすがにここまで見違えてしまえば、気付くなという方が至難である。
「俺は明日の明日、その明日を幾度も重ねた時代から来た」
「未来」
「そうだ」
気障な言い回しだが、スケープはそれですぐに納得した。ここで未来と言おうものなら、その時間などを事細かに問答していたことだろう。
「なんでワタシを助けてくれたんですか?」
「それは最初に答えた」
「ワタシが死ぬと、困るから」
「そうだ」
「……なんで、困るんですか?」
そろそろ煩わしくなってきたのか、彼は「火の国に戻れ。あそこであれば、師匠もいる」とらしくないアドバイスを授けた。
「逃げろって言われてます」
「いつだ」
「……昨日くらい、です」
「ならばいちいち逃げ回る必要などあるまい。一日も過ぎれば、命令は解除されるものだ」
「でも……でもっ! もし違ってたら、ワタシ――」
「くだらない。お前の失態一つを気にするほど、世は過敏ではない。それは奴にしても同じことだ」
あまりにも直球な発言だったが、それでも彼女は黙り込まず、「そうなんですか?」と真に受けたように言う。
「ああ」
その肯定だけで十分だったのか、スケープは状況を飲み込んだらしく、彼の手を握った。
「火の国ですよね」
「……なるべく急ぎで頼む」
ガムラオルスは飛んで帰る気だったのだが、それを口にすることもなく、歩いて帰ることにした。
ただ、それが理想的な展開であるのは事実だった。
彼の翼は飽くまでも高速移動を得意としたものであり、人を抱えての長期飛行は可能な限り避けるべきである。
ティアという妙に頑丈な相手ならばともかく、心構えができていない者を運ぶとなると――少なくとも、この展開は円滑な進みだった。
しかし、不自然な場面だった。
スケープがこうもあっさり従ったのもそうだが、このガムラオルスはそれに驚く様子もなく対応している。




