12v
魔物の瞳に輝いていた《魔導式》は、先ほどのそれとは違っていた。
特殊に改造された術が一つ、これが魔物戦における基本だった。故に、《魔導式》を見切った時点で、相手の術に対する攻略法は確定される。
だが、この甲虫型は自らの意思で切り替えた。おそらく、技術としては解体に近い。
基本のルールに縛られるほど、この奇襲の破壊力は増す、謂わば、接触の瞬間に得物の射程が伸びることに等しいのだ。
勝利を確信したように、魔物は昆虫的な口許ながらも、明確な笑みを――愉悦を感じさせる動作を見せた。
幾度も見せた感情の片鱗、そして言語能力、自己による《魔導式》の改竄。
それら全てからは、この時代で出現している藍眼の個体とは比較にならない、高度な知性が感じさせられる。
「(魔物があんな能力を持っているなんて、あの人も言っていなかった。伝えなきゃ……伝わってください!)」
幾度も念じるが、返答はない。それどころか、両者が繋がっているという感触も皆無だった。
藍色の風が周囲に発生した瞬間、全てが鈍くなった。
砂の動き、地を這う蠍、離れているスケープ――そして、ガムラオルスの翼に至るまで。
闇ノ四十四番・闇風の効果は、命中した対象の能力を減退させるというもの。ただし、その能力値の低下は些細なものでしかなく、攻撃性も乏しい。
だが、この場で使われているものは明らかに出力が違う。全ての変動値が半減以上に達している。
「長い年月を生きながらえ、それであってもここまでの力を有しているということは――お前、相当な数の人間を喰ってきたな」
『コノ砂漠ニオイテ、人死ニナド、サシタ問題ニナラナイ』
「なるほど、全くもってその通りだな」
危機に陥りながらも、彼はなんということもなく、問答を行っていた。
『オ前ニ見ツカッタコトハ想定外ダッタガ、ソノ帳尻ハ合ッタ』
弱体化した障害を打ち砕くべく、ピッケルの如き前腕を振り上げた。
「俺のいた時代に、お前は存在していない」
『……』
「今ここで、俺に消されるからだ」
憤りが含まれた鉄槌が振りかざされた瞬間、ガムラオルスの神器は精細を取り戻し、激しい光を放った。
刹那、彼の体は鎚の側面を掠るようにし、上昇を開始した。
重い一撃なだけに攻撃は中断させられず、魔物の体は完全に固定させられた。
『ソノ体デ、ナゼ……ッ』
「減らされたのであれば、補えばいいだけのことだ」
彼の肉体は間違いなく、魔物の術によって弱体化を余儀なくされていた。
にもかかわらず、その激しさは先に劣らない。純粋に自身の能力を倍増させたのだ。
轟音と共に翼は戦場の刃と化し、斬撃の一閃を彷彿とさせる勢いで、眼前の敵を薙ぎ払った。
聞こえるのは無数の斬撃音、翼を構成する羽根の一枚一枚が極薄の刃となり、魔物の強固な外殻に食らいついた。
圧倒的な攻撃回数に、紫色の甲殻――その接触部は溶岩の如くに沸騰、赤色化を経て、緑色の一閃を許した。
装甲を切り裂いてもなお、その噴射に翳りはなく、敵に抵抗させる間もなく肉体を進行していく。
巨大な魔物の体を袈裟斬りの軌道で切り裂くのに、時間は掛からなかった。
翼が対象の体から振り抜かれた瞬間、幾星霜という時間を生きてきた魔物は、この世界に闊歩するそれと等しく粒子と化した。




