10v
――火の国、砂漠にて……。
「ワタシは、どこに行けばいいですか?」
夜遅く、彼女はようやく問いを投げかけた。
逃げろと言われてから、かなりの距離を歩いたことを自覚したらしく、主に確認を取ろうとしていたのだ。
しかし、返答はなく、彼女の声は冷たい砂粒に吸い込まれた。
「……」
彼女は疲れていなかった。肉体も十全であり、痛みなどは微塵も残っていない。
しかし、とても強い虚無感に襲われていた。いくら問いかけようとも、主が応えてくれないという状況に、強いストレスを覚えていたのだ。
無論、それが怒りとなることはない。彼女は他者に怒りを覚えるほど、自身を高く評価していない。そしてなにより、そこまで他者に関心を抱かないのだ。
怒りや悲しみが他人に影響を及ぼし得ないと知って以降、彼女にとっての感情は笑いや喜びに限定されていた。
世界が変わらぬのであれば、せめて自分だけは変えられる感情を求めるのは、至極当然なものかもしれない。
とはいえ、その喜楽の感情が発露するのは、飽くまでも誰かが居るとき。一人でいるときの彼女は、とても空虚で、中身のない無機質な存在だった。
「光がほしい」
周囲は暗いものの、彼女は術によって灯りを手配していた。つまりは、光は物理的なものではない。
彼女にとっての光とは、他でもなく他人のことだ。それも、自分が受け入れやすく、分かりやすく、そして期待を読みやすい相手だった。
冴えた意識は時間を追う毎に鈍さを増していき、無意識で足と腕だけを交互に動かしていく。
そうした無関心、思考の遮断が、彼女の弱点の一つだった。そこにある絶対の現実を、本当に認知できなくなるのだ。
淡い光の届かぬ常闇の中、一対の光が煌めいた。
藍色の光――それも、人一人ほどの大きさをした巨大な光源だ。
それは明白であり、少しでも意識があれば気付くほどに、圧倒的な存在感を放っていた。にもかかわらず、彼女はそれを認知することもなく、歩みを進めた。
黒いシルエットが彼女の上空に伸びると、鍛冶屋が鉄を討つように、それは振り下ろされた。
地面の砂は舞い上がり、スケープが発動させていた術は途切れる。
「気の抜けた状態で夜道を歩くとは……死にたいのか?」
「……?」
彼女は幾度か瞬きをした。
今まさに、魔物から攻撃を受けたということは彼女も理解していた。しかし、その攻撃を防いだ何者かについては、何一つとして読み取れなかった。
眼前の闇と違うのは、大きさくらいのものだろう。彼女の傍に経つ小さな黒は、間違いなくスケープに向かって語りかけていた。
「誰、ですか?」
「聞くよりも、探る努力をすべきだ」
そう言われて指針が見えたのか、彼女は《魔導式》を展開し、灯りを都合した。
すると、緑色の光が周囲を仄かに照らし、黒い何かは次第に姿を取り戻していった。
それを見た瞬間、彼女は言葉を失った。ひどく人間らしく、当たり前すぎる、型にはまった反応だった。
「ガムラオルスさん……ですか?」
「……ああ」




