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――火の国、フレイア付近の砂漠にて……。
「この魔力……トリーチ、よね」
ミネアが現場に駆けつけたのは、スケープが立ち去ってからしばらく経った後だった。
大量の血は確かにその場に残っていたが、スタンレーが予測した通りか、注意しなければ気のせいと思える程度には薄れている。
だが、魔力察知に長けた彼女からすれば、痕跡一つで死亡した者を特定することは難しくなかった。
ただし、能力が真実を見定めたところで、当人がそれを認めなければ意味がない。
自分の能力を信じていないにも等しい状態になれば、冴え冴えとした刃でさえ、その鋭さを失う。
「カーディナルに連絡を取れば――」
確認できる、と断じようとしたが、彼女はそれを押しとどめた。
死亡する寸前、トリーチはカーディナルの危険性を訴えていたのだ。であるならば、下手に接触を図るのは愚行でしかない。
「でも、あいつが死ぬなんて……誰かに殺されるなんて、信じられない」
他でもなく、ミネアはかの飛行能力者を高く評価していた。
当然《選ばれし三柱》には劣るが、それでも普通の人間の範疇であれば、十分に強い部類に含まれる男だ。
それがここまで容易に――出発から連絡までの時間を計れば、相手の実力が読める――倒されたとなると、状況は厳しいものとなる。
それだけの強者が妨害を仕掛けてきた、という風にも考えられるのだが、逆にそんな早く負けるはずがないという考えにもなり得る。
「戦争の……黒幕。あいつは確かにそう言ってたけど、そんな奴が、どうしてトリーチを」
一度は考慮に入れてはみるものの、彼女からしてもその存在はあまりにも馬鹿らしく、信じる気にさえなれなかった。
しかし、すぐに彼女は思い出した。黒幕という表現、カーディナルとの関連性、そして吸血鬼。
「(善大王が言ってた黒幕って――まさか、トリーチのそれと同じってこと? だとしたら……)」
点と点が繋がるような感覚を覚え、ミネアはようやく一つの結論に到達した。
カーディナルはやはり危険な存在であり、安易に気を許すべきではない、と。
「あいつが命賭けで伝えてくれたことなら、あたしもそれを信じるわ。あいつがこの国をどう思っていたかは分からないけど――でも、やっぱりあたしはフレイアを守るしかないのね」
小汚いことさえも認めるという意味で、彼女は大人になってはいなかった。ただ、それであっても妥協点を探り当て、とりあえずはその方向に進むという程度には割り切りを見せた。
何がどうであれ、火の巫女である以上、そうするのは既定事実でしかないのだが。
ミネアはその場所に背を向けると、自身の守るべき首都を目指し、歩き始めた。
その決別、覚悟が差し合わせたかのように、砂漠に強い風が吹いた。それによって多量の砂が舞い、僅かな血の痕跡は覆い隠される。
見ていなかったミネアだが、背後の出来事を察したように「さようなら、トリーチ」と別れを告げた。




