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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
902/1603

9v

 ――火の国、フレイア付近の砂漠にて……。


「時間切れか……十分持ったな」


 スタンレーはそう言うと、辺りを見回した。

 一度は作られた血の海は砂漠に染みこみ、その痕跡も時追う毎に薄れていく。

 既に命が終わった(にく)とは別に、彼の傍には人間が立っていた。

 仮面という相違点こそあれど、それは間違いなくトリーチ本人だった。精気はなく、表情も窺えないが、服装から容姿に至るまで全てが合致している。


 この屍人形は、通信を終えるその瞬間まで本人(・・)として話し、最後の役目を終えた。


 《幻影召還(ペルソナライド)》、それは彼が倒した人間を対象とし、その人物を模した屍人形を召喚(・・)する《秘術》だ。

 だが、この術の真価はたった一回だけといっても過言ではない。名にもある召還(・・)が成立するのは、一回目――それも死後直後の短い間だけ。


 この世を去った魂を、再びこの世界に召還(よびもど)す。 

 《秘術》の開発者は歴戦の戦士を完全蘇生させ、自身の兵としようとした。しかし、それはあまりにも度を越した願いであった。

 その当人の使ったものでは、一度としても蘇生は成立せず、模倣物が召喚されるだけに留まっていた。

 これはスタンレーという使い手であっても例外ではなく、彼ほどの逸材であってもなお、凄まじい限定条件の末の蘇生が限度だった。


「さて、この体も……もう、限界だな」


 それまでの毅然とした態度とは一変し、彼は片膝をつき、息を荒げた。

 表面上の傷こそ回復傾向にあるが、内部は依然としてひどい有様であり、長時間のやせ我慢は精神――そして肉体に大きな負担をかけていた。


「戻った直後、急いでこの場を離れろ。誰かに見られては厄介だ」


 そう言い終えると同時に、彼の体は霧に包まれるように、次第にその姿を(おぼろ)げにしていった。

 スタンレーの肉体が完全に消滅した後、入れ替わるようにしてスケープがその場に現れた。というよりも、纏っていた何かを脱ぎ捨てた、という風な現れ方だ。


「にげ……なきゃ」


 戻りこそしたが、彼女の体は凄まじい疲労感を覚えており、肩の負傷は主のそれと同様の状態であった。

 もちろん、同様とは治療を行われた後ということ。応急処置を施した後ということ。

 彼の様子を見ても分かるが、この状態であっても痛みは何のこともなく続行している。


 スケープは俯きながら、その場を離れようとした――が、すぐに《屍魂布》が落ちていることに気付き、拾い上げてから歩み始めた。


 どこに行くという展望もなく、自身の肉体を治す術さえ知らない。それであっても、彼女は歩みを続けた。

 良くも悪くも、無知であるが為に彼女は命令に忠実だった。逃げろと言われれば、とりあえずどこかに逃げる。重傷であろうとも、疲弊しきっていても。


「どこかに……誰かに見つからない場所に……」


 そう呟いていた彼女だが、言霊は対極の現象を引き寄せてしまった。


「おい、大丈夫かい?」

「こんな時期に一人で出歩くなんて、不用心じゃねえのか?」


 彼女の意識では、歩き始めてすぐの出来事だった。だが、周囲は闇に包まれており、かなりの時間が経過している。

 首都から離れたスケープは、最悪の偶然を引き当ててしまった。つまりは、人との遭遇だ。


 表情を失い始めた彼女は、地に向けていた視線を声の方に向けると、黙って状況を確認し始めた。

 荷馬車が一台、護衛と思われる冒険者が三名、商人が一人という編成。おそらく、首都の盛況を知り、稼ぎ時だと察知した弱小商人だろう。


「(誰かに……見られては、厄介)」


 スタンレーが最後に告げた言葉を思い出し、彼女は目を見開いた。

 次の瞬間、心配そうにしていた男達は消えた。正しくは、スケープに――《屍魂布》に取り込まれた。

 マントのように羽織っていた布は、人間を喰ったと同時に赤く鳴動し、咀嚼のように脈動した表面は次第に元の色合いに戻っていった。


「これで逃げ切れ、ますね」


 人を喰ったことによる影響か、スケープの体力は完全に回復していた。

 体力、疲労感だけではない。その負傷さえ、完全な形で修復されていたのだ。


 しかし、彼女は重要な事実に気付いていなかった。

 時の(うつ)ろいから見て分かる通り、スケープは現場から遠く離れた場所にまで来ていたのだ。

 そうなってしまえば、見られたとしても何ら問題ない。にもかかわらず、彼女はそれを察することができなかった。


 言ってしまえば、商人の一行は無駄に殺されてしまったのだ。



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