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スタンレーは完全に軽んじていた。
この場で彼が行うべきことは、巫女とカーディナルの接触を妨害することだ。彼がこの時点で叩き落とさず、うっかり通すようなことになれば、アリトはその提案を撥ね除けないと確信していたのだ。
「(この男の処理は容易い。だが……火の巫女が亡命の意思を見せたとなると、なかなかに面倒だ)」
彼からすれば、目の前に立っている能力者など眼中にない。畦道の石ころにも等しい、些細な障害だ。
ただ、障害自体は些細だが、それがもたらした先触れには目を瞑れない。
根本的に接触を防ぐ為には、彼女を戦闘不能に陥らせるのが最適。だが、これは正真正銘の戦闘不能――死に至らしめない限り、効果が発揮されないのだ。
巫女の驚異的な回復能力もまた、彼は認知していた。だからこそ、暴力的な手段での阻害は事実的に不可能。
故に、この問題は相当に面倒と言わざるを得なかった。
その点、トリーチはただ勝てば解決する問題。暴力で解消できる易い障害だ。
その油断こそが、彼に再び危機をもたらした。かつてと同じく、予知できるという安全圏に胡座をかき、防御を怠った結果として。
数拍毎に未来を体験するが、光景に変化はない。
次なる攻撃は急上昇から続く、急降下突進。捨て身の攻撃である。
もちろん、この光景が変化しないのは彼がよく分かっていた。そもそも、この予知の結果が変化するのは、彼が行動した時に限られる。
少なくとも、急降下攻撃が避けられると確信した時点で、運命に抗う必要性はなくなっていた。
「(調整は不要……迎撃も、必要ないか)」
それこそ必然の決定。念動力による攻撃であれば、自身の反撃分を用意しなければならない。
しかし、今から使われる突進にはそれさえ必要ない。避けた時点で、能力者は上層階から投げつけたトマトのように潰れる。
観測た通りか、能力者は飛び上がる。赤い力場を纏い、空中に向かって吹っ飛ばされる。
その高度は次第に高まっていき、彼の姿が点のように小さくなる。こうなってしまうと、術者でさえ手を出し倦ねる。
もちろん、《秘術》を使えるスタンレーからすれば、事前に打ち落とすことも容易だ。視認できる範囲であれば、細切れに切り刻むことも可能。
だが、自爆を予測しているからには、余計な手間はかけない。ただ傍観し、避ける時にだけ気を張ればいいと考えていた。
刹那、胡麻の粒を思わせる点は急加速し、姿を明瞭に、そして大きくしていく。
「三、二、一……ここか」
スッと横方向に移動し、破裂する姿を確認しようとした。
だが、予測の時間になってもトリーチは地に到達していない。彼の体は、あと六拍ほどはかかるという距離に在った。
「(数え違えたか? いや――おれの回避で未来が変わったのか)」
スタンレーは完全に読み違えていた。確かに、タイミング自体は完全に一致しており、当初のままに進んでいれば無意味な自害で終わっていた。
しかし、彼は途中で――まさに落下するという瞬間に、心変わりを起こしたのだ。
「(心を読まれているとすれば、こんな愚直な策は無駄だ! それに――俺はここで死ぬわけに行かない!)」
彼は力場の放出を反転させ、地上方向に向かって噴射していた。それによって、自身の体もほんの僅かだが空に浮かび上がり、着弾の時間がズレた。
良くも悪くも、彼が心理透視という幻を見たからこそ、この策が成立した。油断と、杞憂が生み出した状況の変化。




