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「……聞いてないから分からない」
「は?」
「接触をさせるなって言われたけど、しないって言われた時にどうするかは聞いてない」
彼は理解の範疇外の言葉に驚き――というよりも、当惑した。
普通に考えれば、消せという意味で発せられた命令だと判断できる。
しかし、彼女はそれを察することができなかった。言外の命令に対しては、全くの無知だった。
そもそも、彼の言い方からして、これが拒絶の裏返しであることは明白だった。であれば、接触を防ぐべく、戦えばいいだけなのだ。
「……すみません。相手はやめてくれるらしいんですけど、どうしたらいいですか?」
「な、なんだ?」
彼女の視線は――声の向きは、明らかにトリーチから外れていた。
そこに居ない誰かに対して、それを聞いていたのだ。
「……はい。あっ、じゃあお願いします」
「(誰かが隠れているのか? それにしては、反応が早すぎる――まるで、返答を先読みしているみたいな……いや、そもそも彼女の言うことを予測しているみたいな返しの早さだ)」
彼は気付いた。スケープの会話のスピードは、明らかに異常だった。
一見すれば、それは会話の体を成しているように見えるのだが、よく観察すると違和感が目立つ。
彼女は問いを行い、最短でやり取りを終えたと言わんばかりの速度で、返答を口にしたのだ。
相手もそうだが、スケープ自身の反応があまりにも早すぎる。もし生の人間が二人で話そうものなら、多少は処理に手間取るのが常である。
その疑問は、すぐに無意味なものとなる。彼女はかばんにしまい込んでいたマントを取り出すと、それを身に纏ったのだ。
これが神器である、ということも彼は察しがついていた。ガムラオルスの飛翔を見たことで、神器という道具が如何に強力であるかも、それこそ同類に迫る勢いで知っていたのだ。
スケープが自身の体をマント――というよりも、布だ――で隠した瞬間、彼は身構えた。
誰に、何を聞いたのかは不明であっても、神器を取り出した以上は戦いとなる。ここからは頭ではなく、体を働かせる場面なのだ。
刹那、幕は取り払われ、演者や小道具が取り替えられるかのように――女性的な魅力を放っていたスケープは消え、一人の男が現れた。
舞台の幕であれば、これほどまでに安っぽい場面転換はないが、ここで用いられたのは天蓋よりも小さな布隠し一つだ。
一人の女性がそっくりそのまま、男性に変わってしまった。そう感じてしまうほどに、この変化は驚きに満ちていた。
「あのような命令を出したおれもそうだが――お前も、あまり面倒な言い回しはやめておけ。このズレた女には通じない」
この二人が、遭遇してしまった。
《秘匿の司書》という二つ名を、かのガーネス戦によって得た――不本意ではあったが――スタンレー。
その際、ミネアの傍に置かれていた《盟友》のメンバー、トリーチ。
互いに同じ勢力に属しているはずの者達だが、お互いに面識はない――いや、スタンレーの方にはある。
能力者は気付いていないが、彼こそがいつかの事件の際、町の住民を殺戮した仇敵だった。
「お前は、カーディナルとどういう関わりを持っているんだ」
「……勘違いするな、おれは盗賊ギルドの人間だ」
「盗賊ギルド……まさか、ガーネスの時の――」
「ああ、あれも計画通りだった。あれで多くの仲間を、あの都市に潜り込ませることができた」
トリーチは憤った。主の行った慈悲が、盗賊に利用されていると知り、これ以上になく義憤を覚えたのだ。
「安心しろ、なにも殺すというわけではない。あの領主に寄生し、この国を裏から牛耳るというだけだ」
「裏から――いや、この国だと?」
「ああ、奴はそう遠くない内にこの火の国を――砂漠を掌中に収めることになるだろう」
予期せぬことに、ミネアの読みは的中していたのだ。これが彼にとって、どれほどまでの衝撃だったかは想像するに難くない。
これが明確な未来かどうかは未確定だとしても、裏から手を引いている人間がこう言っている以上、その確率は高いと見ていい。
 




