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凄惨な戦いが終えられたのは、騎士団が到着して少し経った頃だった。
いくら魔物が寄生で数を増やし、相手に殺しづらさを与えていたとしても、圧倒的な数の暴力を前にすれば無力でしかない。
幸い、アルマが対策を構築したことが相成って、重傷者は治療することで命を繋ぐことに成功した。
死者は二十名に達していた。その内の一名が、寄生された衛兵であり、対応した部隊の中で唯一の戦死者だった。
この事件はライトロード――光の国全体に広まり、不満をこぼす余裕を残していた民に強い不安感を与え、活動の縮小という流れが生まれ始めた。
そもそも、こうなってしまうと教会に行く行為でさえ危険に成りかねない。皆、魔物にされるかもしれないという恐怖から、最低限の外出にとどめているのだ。
なにより問題だったのは、最高峰の監視網を有する首都でこの事件が起きたことだった。
今までも、各地の町村では不安の傾向は見られたのだが、それが首都にも波及したのだ。
安全があっての贅沢、それを失った者が人間らしい感情の隆起を失うのは、至極当然のことであった。
とはいえ、たまる不満の捌け口が役目を失うというわけではない。教会には今もなお、多くの民が――事件以前と比べると減少し、閑散とした印象だが――集まっていた。
「アルマ様と術者が治療を行っている姿を見た!」
「本当か?」
「ああ、あの時に現統治者の野郎は、平然と住民を殺したんだ」
「同じライトロード人を……平気で?」女性が会話に割り込んだ。
「ああ、間違いない。あいつが指揮して、他の兵士達にもやらせていた。あいつもきっと、前宰相のように他国からの間者に違いない」
「……確かに、ライトロード人ならば、そんな非道な事はできないはず。どんな状況であれ、殺すなんていうのは最低な行為だ」
理論も合理の欠片もない、ひどい会話だった。シナヴァリアが見ていれば、きっと吐き気を覚えていたことだろう。
ただ、彼らは酩酊しているわけでもなく、真面目にこのようなわけの分からない会話をしていたのだ。
彼らの会話から、相手が魔物であるという部分が抜け落ちているように感じるが、それは間違いだ。彼らはきちんと、殺された者達が魔物と化したことを認知している。
ただし、それであっても殺すべきではないと断じているのだ。奇麗事と自覚して言うのであればともかく、素面で言うのは正気の沙汰ではない。
言ってしまえば、殺すくらいならば殺されろ、という論調なのだ。もちろん、このように言い換えて問いを投げかけたところで、彼らは認めないことだろう。
人が本音、真理を最上級に嫌うのは自明の理。当然、感情にまかせて吐き出した狂気の暴論に正論で返すことも、これに含まれる。
極端な話、これは彼らにどう影響を及ぼすという話題ではないのだ。故に自分がその立場になったとすれば、紆余曲折を経たとして、結局は殺すという方向に進めることだろう。
その時の状況をよく知る者であれば、あまりの愚かさにめまいを起こしそうになる場面だが、幸いなことにアルマはそこまで賢くはなかった。
フィアのように世間から隔離され、またシアンのように知識を持つ者は、こうした愚鈍さには嫌気が指す。
だが、アルマは民衆に迎合し、愛されて生きてきたのだ。だからこそ、世界がそういうものということを、経験的に理解していた。
それが彼女の弱さであると同時に、強さでもあった。平時を生きていくだけであれば、この生き方が最善の方法なのだ。
ただ、今回のアルマは少し違う。誤解の解消などではなく、単純な確認をすべく、この場に来ていたのだ。
聞こえてくる声を聞き流しながら、彼女は壁に寄りかかった。そう表現すると、ひどくやさぐれたように見えるが、彼女の場合は愛らしさがつきまとっている。
じとーっと隠遁するでもなく、時折足を動かし、鼻歌などを歌いながら時を待っているのだ。まるで、買い物中の親を待つ子供だ。
そうして少し待つと、以前のように神父が現れ、祈祷を促した。皆はこれに応じ、アルマもまたこの時は普段通りに振る舞った。
短い祈りは終えられ、神父は数名の女性に声をかけると、奥の部屋へと導いた。
だが、彼女は動かない。寄りかかる体勢に戻ると、彼らが扉の先に行くのをじっくりと待った。
導かれた女性の、最後の一人が戸をくぐった後、神父は殿となって扉を閉めた。
瞬間、アルマは目を閉じて集中を開始した。《魔導式》を展開せずとも、彼女は《光の門》の構成物に触れるだけで十分だったのだ。
驚異的な勢いで、彼女の意識は監視機構と接続された。無論、これに気付ける者は誰もいない。
アルマと接触し、内部の《魔導式》が煌めている象牙色の煉瓦も、彼女の背によって隠されていた。




