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「ルールは?」と善大王。
「前と同じ、自由に使っていいよ」
自由、という言葉が出た時点で善大王は勝利の布石を組み上げた。
そもそも、彼がこうしてティアとの再戦を考えたのには理由がある。
フィアを外に連れ出す、というのは言ってしまえばその後付け。本当の理由は、新たに手に入れた《皇の力》という切り札の出現だ。
以前の戦いにおいての敗因は善大王の油断だった。ただ、それを改めただけでは届かない、と彼自身は感付いていたのだ。
それはヴェルギンとの修行でも埋まってはいない。だが、今に関してはそうではなかった。
相手の術を片っ端に封じていけるならば、かなり戦闘形態を変化させられる。
彼自身、フィアからの戒めもあり、本気で全てを叩き落すつもりはないものの、決め技を封じられれば十分だという考えではあった。
開けた場所に向かい、そこで二人は構えを取る。以前のようなフィールドはないが、里から離れているので被害の影響は少ない。
「はじめ!」フィアが合図を出した。
さすがは善大王、少女が関係するものに関しては凄まじい観察能力が働き、合図と同時に体が動き出す。
ティアはそこから一拍遅れて動き出し、《魔導式》を展開しながらも近接戦に移行してきた。
善大王としては近接戦は願い下げ──と思いきや、正々堂々と正面対決に応じた。
一発目の攻撃をすばやく回避するが、間髪いれずにティアの蹴りが伸びてくる。
彼女は戦いにおいて、ほとんど間を入れない。ひとつの場面で回避ができたとしても、次の場面での攻撃は避けられない。そうした形を取っている。
所謂は二段構えの上位形。絶え間ない怒涛のような攻撃の連打。
以前よりも鋭い攻撃、隙が見出せない攻めに相対しても、善大王は意識を緩めない。
回避できる程度──常人であれば数百回に一回成功するかどうかという難度──の攻撃は避けていき、どうやっても防げないものは光の導力で防御した。
言うまでもなく、これは善大王側の消耗戦。防げない攻撃がある以上、軍配はティアに傾いている。
「《光ノ八十七番・光集》」
声を聞いた途端、ティアは《魔導式》を探す。すぐに見つからないと分かり、彼女は攻撃を続行した。
だが、彼女が刹那の判断で見つけきらなかっただけで、実際は善大王の背に隠れて展開していたのだ。
黄色の光を纏い、善大王は肉体の限界を超えた動きをする。
途轍もない速度でティアの背面に回りこみ、導力をこめた拳を彼女の背中に叩き込んだ。
防御行動も入らず、ティアは吹っ飛ぶ。その威力から判断できるように、善大王はまったく力に制限を掛けていない。
フィアはまったく気づいていないが、ティアの背には青痣ができていた。服で隠れているが、善大王はそれも分かっていた。
かなり罪悪感に苛まれたが、それでも彼は顔色を一切変えない。
「《風ノ八十四番・山嵐》」
ティアも負けじと術を発動させた。もちろん、その展開も善大王の読みどおりだ。
「(巫女クラスの攻撃なら、一発食らっただけでも相当な距離吹っ飛ばされるな)」
風ノ八十四番・山嵐は切断、吹き飛ばしの特性を持つ術だ。風属性は防御に特化しているわけだが、この術はその中でも攻撃性が高い部類に含まれる。
凄まじい風が吹き荒び、緑色の旋風が乱雑に善大王へと迫っていく。
それらが一斉に襲い掛かってくれば防御は不可能だが、それらは飽くまでも不規則な攻撃。だからこそ、掻い潜ることは可能だ。
一発一発確実に避けていくが、それは彼自身の才能によるところが大きい。今の善大王は、ティアを少女と認識しておらず、驚異的な読みも無に等しい。
少女と対峙した際の善大王は実力差を無視した実力を発揮するが、そうでなくとも彼は強い。だからこそ、油断が大きく影響してくる。
ティアが術が終了した時点で善大王の《魔導式》が完成する。攻守逆転だ。