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――光の国、首都ライトロード、大聖堂にて……。
「あの売国奴が血税を他国に売り渡したせいだ!」
「いや、これはタグラム宰相代理の独断ではないか?」
「どちらにしても同じですよ。貴族の争いに我々を巻き込まないでもらいたいものですね」
信徒達の不満は日に日に増していた。
シナヴァリアに対しての怒りは相も変わらずだが、現政権のタグラムも相当に批判を受けていた。
ここで前宰相の時代が良かった、という意見が出ない辺りは、神皇派の手回しがうまかったと言える。失策の根底にあるのがシナヴァリアであるとすれば、全ての怒りは死地の元宰相に向かうのだから。
ただ、結局のところ根本は変わらない。民は貴族の七面倒くさい駆け引きに、辟易しているのだ。
「み、みんなの気持ちは分かるけど、応援してあげなきゃ――」アルマが制止に入った。
「巫女様の言葉であっても、これは許せる問題ではありませんよ」
「やるなら貴族サン達だけで勝手にやってればいい、ワシらを巻き込むのは迷惑なんじゃよ」
「そもそも、魔物なんて一回か二回来たくらい……その時だって、この大聖堂や教会は無傷だったって話じゃないかい。あんな戦うしか脳のない連中よりも、神に祈りを捧げるほうがいいに決まっているさ」
最後の言葉については、実のところ本当だった。
戦争序盤に発生した首都への侵略の際、少なからず都市に被害が発生した。
その際、教会や大聖堂だけが無事――どころか、その付近にさえ魔物の攻撃が放たれなかったのだ。
これが一回二回の出来事である以上、ただの偶然と片付けることができるのだが、彼ら彼女らからすればそれが全てなのだ。
「そ、そうだけど……」
さすがにこれ以上は捨て置けないと仲裁に入ったアルマだが、もはや彼女一人でどうなる問題でもなくなっていた。
人々の強い不満、ストレスは凄まじい変異を加速させており、旧来の常識は破綻し始めていたのだ。
アルマという、信徒にとっては絶対的な影響力を持つ者でさえ、不満の漏出路に栓をすることはできない。
なにより、この場で彼女は覆す術を持っていなかったのだ。
教会の絶対性はつまり、神の全能性と連結している。これを否定し、軍を肯定するようなことを言えば、神の存在を否定するにも等しいのだ。
信者ではない者が言うのであればまだしも、聖女である彼女がそれを口にすれば、不満は不安に代わり、民の精神状態は最悪の方向に傾くことだろう。
「そうです。我々は神に祈り、戦火が我々に飛び火しないよう願うのです。全能の神は、我々を見捨てません」
神父がそう言うだけで、皆は愚痴を吐くことを止め、祈祷を始めた。
今、彼らの魂は現実から幻想の世界に飛び、苦痛から解き放たれた。空腹で泣きじゃくる赤子が、自身の無力さを悟って眠りに落ちるように。
アルマもまた、彼らに協調するように目を閉じ、両手を合わせた。
それが如何に不毛であると分かっていても、彼女は教会においては重鎮なのだ。
儀式が終えられると、神父は数名の女性と何かを話し、彼女らを連れて大聖堂の奥に消えた。
こうしたことは珍しいことではなかった。とはいえ、戦争が始まり、善大王が大陸に渡って少し経ってから、という注釈が入るが。
ただ、最近の場合は同じ状況とは言い切れなかった。
シナヴァリアが指揮を執っていた頃は、そうした女性達と再会することもあった。
しかし、タグラムが最高司令となってから、そうした女性達は戻らなくなった。都市の内部にいないことは、《光の門》に接続できるアルマがよく知っていた。
かつて彼女がしていたように、戦場で戦う者達の懺悔を聞いている、という目も少なからずあった。それは彼女であっても予想ができた。
なにせ、教会の神父達はあまりに苛烈な仕事により、心身ともに疲弊し始めていたのだ。故に、今では修道女どころか、信徒の中から選出されるということも珍しくはない。
「(でも……あの仕事だったら、少し経ったら休みがもらえるはずだよね)」
彼女がそうであったように、その役割は永続的に任されるものではないのだ。人が吐き出す精神の吐瀉物を浴びせられれば、肉体の損傷がなくとも壊れてしまう。
これは教会の教えを理解している者に限った話ではない。誰であれ、それを続ければ精神が蝕まれていくのだ。
「(調べた方が、いいよね……)」
アルマは勇気を持って行動に移った。とはいえ、今や彼女の心は摩耗し始め、その子供ながらの大胆さは欠け始めていた。
それもそのはずだ。頼りになる大人のほとんどが首都を離れ、連絡を取れないような状態になっているのだから。
いくら聖女だとしても、巫女だとしても、《星》であっても、彼女は一人の人間としての不安を覚えるのだ。




