表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
884/1603

3C

 ――光の国、東部戦線にて……。


「宰相、こちらを都合していただきたい」

「……私は宰相ではない」

「ハッ、申し訳ありません」


 野外陣営の中、シナヴァリアは将校から紙を受け取ると、それを眺めた。


「そちらの部隊は遠征だったな」

「はい。ですので、足と食料は最低限に用意しなければなりません」

「半数で十分だ。輜重(しちょう)は二、兵糧はそこに詰める限りが妥協点だ。予備の武装を入れるとすれば、食料数は指定の三分の一になる」

「なっ……」


 遠征部隊というのは最前線側へと陣を広げる役割を持つ──所謂、敵地侵入の一番槍のことである。

 もちろん、具体的に陣を張るわけではなく、その可能性があるかを調べてくるのが主な任務だ。そこでの戦闘は当然熾烈(しれつ)なものとなり、危険な任務として認識されている。


 それ故に、シナヴァリアが見定めた通り、要求数がかなり水増しされていた。危険である必然という意味でいえば、十分に納得できる理由だが、彼はそれを許すような男ではない。


「……確かに、多く要求したことは認めます。ですが、士気の維持を考えるならば、この数が適正かと」

「馬車を四台は機動力が損なわれる。二台にしても、途中で放棄することを前提とした数値だ」

「放棄……まさか、本気ですか」


 神皇派の首魁、タグラムの統治によって、税収は大幅に増している。それにより、軍に回される金はかなりのものになった――のだが、兵站(へいたん)については、かつてとなんら変わりない。

 いや、むしろ減少傾向になる。余計な徴税行為により、生産能力に(かげ)りが見えているのだ。


 無論、こうなることをシナヴァリアはもちろん、ダーインも理解していた。

 前線の苛烈な環境を理解しながらも、大幅な増税を避けてきたのはそれが原因だったのだ。大幅に環境が変化したのは、統治者が交代した段階からである。

 兵站の供給路、人民の意識、軍備の品質維持には、徴税などを民が耐えきれる範囲にとどめなければならないのだ。


 とはいえ、タグラムの能力が全面的に不足していると言うことでもない。彼の見方は戦術家としてのものであり、それが適材適所ではない場所に入ったのが問題だった。


「ものならばいくらでも替えが利く。だが、人は一度きりだ」

「……であるならば、提案を呑んでいただきたいのですが」

「戦いは現実の中で起きている。夢想に逃げ込むのであれば、戦う資格はない。別の部隊で向かうとしよう」

「……分かりました。その数で往きましょう」


 将校は引き下がり、陣を後にした。


 しかしこの状況、凄まじく奇妙なものに見えるだろう。

 シナヴァリアは役職を奪われ、ただの一兵としてこの戦場に来た。にもかかわらず、彼のやってることは依然として宰相のような勘定(かんじょう)であった。

 これは彼がなにをしたということではなく、ましてやダーインが手回しした結果ではない。事実、シナヴァリアは数日間は前線で戦い、脅威の戦闘力を発揮していたのだ。


 言ってしまえば、この現象は収斂(しゅうれん)であった。水の中に棲む生物が魚のそれに近づくのと同じように、資質を持っている者は同じ場所に辿りつくのだ。

 人とは元来、こうした収斂を阻害する力を持つが、この場で戦う軍人達は摂理(ありのまま)に抗うような性質を持ち合わせてはいなかった。


 それもそのはずだ。城で勢力争いをする貴族達とは違い、彼らはまさに命を賭けた鉄火場(てっかば)で争い、負ければ死を賜るのだ。

 必然、原始的な思想、行動原理を持った者は摂理に抗わない。生きる為には、それに従うべきだと体が知らせるのだ。計算(あたま)ではなく、本能(からだ)が。


 英雄が戦いの後に没落するのも、これが原因と言える。平和という文化的な状態が、人を高度な生物に変えるのだ。

 そうなると、収斂への反抗心が生まれる。原始の頂点とも言える英雄が、同じく叡智を持った人間であっては都合が悪くなるのだ。


「言い方を考えたらどうだろうか」


 陣の奥で別の業務に当たっていたダーインが姿を現し、それと同時に彼へ注意を行った。


「必要な分を必要なだけ。それが最も有効だ」

「無論、それは私も理解している。兵力の減退がもたらす影響、宰相殿がそれを見逃すことがないということも」

「……」

「ならば、そう言えばいいのだ。思いはせずとも、結果そうであれば装飾しようとも問題はあるまい。兵の命を優先している、同志の死は避けたいと」

「無駄な言葉だ。論理は骨組みだけで十分だ、余計な贅肉は余計な認識を生む」

「その余計な認識というのが大事なのだよ。嘘を吐くのは人の(さが)だ、であるならば、その言葉を使うことになんの問題がある」


 この大貴族は、飽くまでも表の世界で戦ってきた男だ。だからこそ、このように考える。

 君主(ボス)というものは、嘘八百を堂々と言い、その責任を(いさぎよ)く背負う力が必要とされる。合理が破綻(はたん)した不合理であれ、それを認める力。非現実の世界で生きる力。

 対して、シナヴァリアのような補佐役は正反対だ。幻想などではなく、ただひたすらに現実を見る必要がある。そうしなければ、ボスがあっという間に腹を切ることになるのだ。


 彼の言い分は君主としての気構えだった。だからこそ、シナヴァリアにとっては非常に苦手な分野とも言えた。


「その調整はそちらに任せる。私には適していない」

「――たしかに、それは同意する。ただ、少しは寄り添う努力をすることだよ、宰相(・・)殿」

「……私は宰相ではない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ