18s
「本当の話……だと?」ウルスは声を漏らす。
「ええ、私は機会を待っていたんですよ。この時代、この戦争を覆す為には、何かしらの不確定要素が必要となる――それが出現する条件に調律すれば、不確定が自ら姿を見せてくれるかもしれないと」
そう言いながら、ウルスに向けた視線をガムラオルスに戻した。
「一撃で殺さず、遊んでさえいれば──この時代でそれに対抗できる人間がいなければ、別のところからそれを救う者が現れると」
「それが未来からの刺客だと言いたいのか」
「ええ、ですが一回目は失敗しました。先んじてやってきたエルズさんでは、真面目に答えてもらえない様子でしたので」
困惑の表情を浮かべていたエルズだが、腹に刺さっていた針が消滅すると同時に、弱々しい声で「なんでエルズや……そこの人が未来から来るなんて分かったのよ……」と言った。
「私がいたからですよ。いつでも簡単に相手を殺せて、その上で相方の殺しも最小限にとどめられる私がいれば――助けが来るまで遅延ができます」
その言葉は、途轍もなく傲慢なものだった。
彼は戦いの全てを掌握し、自分の好きな通りに話を進めることができると断じたのだ。
対峙する何者であろうとも、彼に勝利する道はなく、逆転という要素さえ不確定になり得ないと。
「さ、教えてもらえませんか?」
「なるほど、お前はまだ事情を知らないようだな。ならば、あの女とやり方は同じだ――聞くだけ無駄、ということだ」
「……仕方ありませんね。あなたを力尽くで従わせるには、私は弱すぎます――ということで、エルズさんの始末を優先しましょうか」
刹那、白の姿が消えたかと思うと、エルズの直上に激しい光が発生した。
「(光ノ百三十番・太陽貫か!? あんなものを喰らったら、エルズは一撃で消え去るぞ……!)」
ウルスは炎によって抵抗しようとするが、再び瞬間移動を用いた白が彼の腕を勢いよく踏みつけた。
「照準さえ定まらなければ、危なっかしくて使えないでしょう?」
「くっ……」
打つ手はなしか、と切断者が感じた瞬間、大人びたガムラオルスは予期せぬ行動に出た。
彼は翼を用いることで、自身の体を加速させ、範囲内にいたエルズを拾った。そのまま噴射の推力で射程外に逃れ、安全な場所で彼女を降ろした。
「あ、ありがとう……」
「ティアの為だ」
「えっ」
「お前が死ねば、あいつは悲しむ」
この言葉は、明らかに彼の姿と合致しなかった。
無理矢理ティアを連れ帰った、そういう考えがエルズの中にはあった。しかし、この口調からはそうした乱暴な印象は抱かない。むしろ、ティアという、一個人を大切に想っているかのようだ。
「ハハ、これは面白いですね。あなたの翼なら、私の術くらいは弾けたでしょうに」
「……」
「ティアさんの為ですか? それとも……その子の為ですか?」
「それはお前が気にすることはではない」
「格好のいい言葉ですが、視野が狭まってはいませんか?」
接近を続けていたキリクが、ガムラオルスの背に向かって一撃を放った。あれだけの重槍を持ちながらも、移動に要した時間は相当に短い。
この奇襲は成るかと想われたが、《風の太陽》は無動作で緑光を発し、空へと――宙へと逃れた。
射程外へと逃れられると考えていた槍使いだが、この短い飛翔は予想外だったらしく、無抵抗のままにその動きを目で追った。
ガムラオルスは宙で一回転すると、そのまま蹴りをキリクの背に向かって放った。小回りの利いた意趣返しだった。
風の一族であれば、このような小技は使えて当然、という風に思うかも知れない。
しかし、彼の飛んだ高さは槍が届かないという、ちょうどの安全圏だった。その上、跳躍の予備動作が一切なかった。
さらに言えば、飛翔の入りも機敏で、順々に出力を上げるというやり方が取られていない。必要な分の力を最初から放ち、それであっても体勢を崩さずに攻撃につなげたのだ。
華やかさこそないが、技術としてはこの時代の彼とは桁違い。翼の噴射を四肢や十指の如くに操れなければ、これはできない。
「どうする、まだやるか?」




