16s
「……さて、あちらも相当な膠着状態のようで――それでは、あなた方を仕留め、救援に向かうとしましょうか」
「くっ……!」
「ハハ、安心してください。ウルスさんは最後ですよ、あなたの攻撃は確かに厄介ですが、同志には届きません」
白は全く焦っていない。いや、それどころか冷静そのものだ。
彼は自分の保身、命を繋ぐということよりも、よそで戦っている仲間の方に目を向けていた。
それが捨て身か、もしくは献身か――絶対的な自信なのかは特定できない。だが、彼からすればその全てが共存しえるのだろう。
「この中で一番厄介なのは……あなたですね。エルズさん」
瞬間、彼は切断者の前から消え、エルズの真上に移動した。
青ざめる魔女だったが、すぐに気付く。恐怖は黒ローブの男に独占されたわけではなく、平等に配られているのだと。
「あっ……あ……」
彼女の腹部には、一本の細い針が突き刺さっていた。とはいえ、それは黒鉄色をしておらず、明るい黄色をしている。
「光ノ七番・針管ですよ。本来ならば安全に血を抜く術ですが、このようにしてみると面白いでしょう」
彼は攻撃を目的としていない。いくら順列が若いとはいえ、この術を一瞬で――《魔導式》もなく発動するのは不可能。
ならば、十分に殺傷能力のある術が発動するまで粘ってもいい。にもかかわらず、彼は飽くまでも痛みの介在しないものを選んだ。
事実、エルズは痛みを感じてはいなかった。細い針状の管は、彼女の重要な臓器を綺麗に避け、幼い肉を一直線に貫いていたのだ。
とはいえ、視覚や感覚的効果は実質を上回る。異様な違和感、体内をこねくり回されているような気色の悪さは、彼女が少女であることを抜きにしても凄まじい苦しみを与えていた。
「(光属性の術で……こんなことを? これじゃあまるで、闇属性使いみたいじゃない!)」
一番の恐怖、それは黒ローブの行った術が、闇属性でいってもかなり高度なやり口だったこと。
人の心に恐怖を生み、対象を支配する。それこそが闇属性の本質。演出の不得意な術者であれ、痛覚拡張などの性質を持つ闇を使えば、誰であってもこの支配が成立するのだ。
だが、白のやり口は明らかに違う。純粋な演出、人間の心理そのものを直接弄くり回す、巧みな詐術。
「どうですか? 死が遠のいて、嬉しいですか?」
相手の術中にはまることの危険性を悟っているエルズは、これに抗った反応をしようとする。
しかし、僅かにでも強気をみせようものなら、さらなる苦痛があるのではないか……という恐怖がそれを押さえつけた。
「ここは無駄であっても、気丈に振る舞う場面ですよ。そうでなければ、続く拷問が楽しめない」
クオークもまた、エルズに行われていることを目の当たりにし、抵抗の気が削がれ始めていた。
相手がただ殺すことだけを目的としていない、正真正銘の狂人だと感じ取ってしまったからだ。
エルズが終われば、次は自分――そう感じたら最後、正常な精神の維持は不可能。
しかし、たった一人だけ、この場の支配を受けていないものがいた。
《紅蓮の切断者》、彼だけが違和感に気付いた。
「(見せかけの恐怖、技術としての恐怖、その全てが二人を押さえつけている。だが、妙だ――奴はなんで、さっさとエルズを沈めない)」
そう、考えてみればおかしなことだ。ガムラオルスを狙いとした序盤の遊び、ここまでは納得のいく理由が存在していた。
しかし、ここでの拷問は明らかに無意味だ。組織が掃除烏の駆除を要求した以上、抗わなければそれでいいという妥協には落ち着かない。
無意味な拷問、無意味な恐怖、無意味な支配。
「(……だとすれば、こいつの狙いは別にある。それは――)」
瞬間、空から一本の剣が落下し、地面に突き刺さった。
 




