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――上空にて……。
「(明らかに、俺への対抗策を練っている)」
キリクとの一騎打ちを行っていたガムラオルスだが、戦闘は前回のように進んではいなかった。
圧倒的速度で行動できる槍使いに対し、空中という不可侵領域を得ている《風の太陽》は本来、圧倒的な有利のはずだった。
しかし、大きな抜け目が存在していた。相手が彼と同じく《選ばれし三柱》であるということ、そして――キリクは彼よりも長い年月、《雷の月》として戦っていたということ。
「さあ、降りてこい」
明らかな挑発だが、ガムラオルスはそれを蹴ることはできなかった。
翼、術を用いた遠距離攻撃の全ては、キリクの《滅魂槍》によって迎撃されていたのだ。
対象を強制的に破壊する、という性質は絶対攻撃の象徴であるかのように感じられるが、そうではない。
絶対に壊せるというのは、絶対に防げるということにもなり得るのだ。大きな槍をヒットさせる必要があるとはいえ、その前提で戦い続けたキリクからすれば、狙いを外すという目はまずない。
攻撃そのものが意思や回避性能を持たない必然、《雷の月》が行う迎撃は百発百中。これで五分五分――その上、翼はそれ自体が高い均衡をもとに成立する推力だ。破壊された場合のリスクを汲めば、キリクの優位に傾く。
「ッ……《風ノ六十九番・鎌鼬》」
《魔導式》と入れ替わるように、緑色をした三日月の刃が形成される。
それ自体は曲刀のようなサイズであり、高い破壊力は感じられない。とはいえ、中級術である以上、ただの物理攻撃であるはずがなかった。
発射された刃は回転しながらも、不規則な軌道を以て標的へと接近していく。速度の冴えは乏しいものの、普通の投擲と比べれば遙かに早い。
少なくとも、目で見切っての防御が困難、という段階には到達していた。……しかし。
仮面の槍使いはまるで軌道を予測しているといわんばかりに、虚空に向かって刺突を放つ――すると、吸い込まれていったとしか思えない動作で、三日月の刃が攻撃範囲に飛び込んできた。
命中と同時に螺旋の刃が回転し、轟音を鳴らしながら対象を光粉と変えた。
「(風属性の術を知り尽くしているような……明らかな狙い撃ち。どこでその術の対処を学んだんだ!?)」
こうなると、ガムラオルスの手は分岐を奪われる。無数の進路があったはずのそこは、キリクという一人の使い手によって、瓦礫が撒かれた。
進める方向は一方向。《雷の月》がその身をどっしりと構え、待ち受けている死への道、悪鬼の庭だ。
「風の一族であるならば、私を打ち倒すこともできよう。いつまで、そうした腰の引けた手を打つつもりだ?」
彼が敵に一太刀を浴びせるには、剣閃――攻撃の軌道を瞬間的に変化させることのできる、接近戦に乗る他にない。
ただ、それは相手も読み切っている。そうすべく、キリクは彼の手札を完全に潰した。
遠距離で無意味な遅延をするべきか、それとも危険を承知で、正面から相手を打ち倒すべきか。
元来、風の一族である彼は近接戦において負けなし。地上で生きている人間を前にすれば、それに次ぐ者なしとされるほどの神技の持ち手だ。
であってもなお、彼は踏み出せない。相手の武器は一撃必殺、それも鋭く冴えた者であると知れば、ここへの突撃はただの無謀となる。
策も持たず、自己への根拠のない信頼だけで挑むのは、愚者の選択――彼はそう考え、身を竦ませていた。
臆病な思考だが、この選択自体はおおよそ当たっている。キリクは数発の猶予を持ちながら、ただ一度の攻撃を当てればいい。
勝負の基本として、この槍使いは頭上を取る以上の有利を得ていた。逃げ足を用意することもなく、ただひたすらに攻めに突き進めるのだ。
挙句、もし必要ともなれば加速し、確実な死をもたらすことができる。鳥が地上という狩場に墜ちようものなら、それだけで終わる──決着がつくのだ。
――だが、彼にもまだ手はあった。まるで一本の絹糸を引いた綱渡りのような、死地に身を投げる術。
槍の命中が成立しなくなる、ゼロ距離での近接戦。そこから放たれる、一撃必殺の攻撃。
翼をたたんだ鳥を打ち抜く、狩人への奇襲。急降下からの特攻、そこにこそ、唯一という活路が存在していた。
 




