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緑色の導力を凄まじい勢いで噴射し、ガムラオルスは一閃の光となり、敵を――既に倒れているキリクに攻撃を仕掛けた。
周囲に砂埃が舞い、エルズは目を閉じた。ウルスは微弱な炎を放出することで開眼したままに、これを防いだ。
ただひとり、クオークだけは反応に間に合わず、砂が目に入った。笑い事のように聞こえるが、これで瞬時の行動は封じられた。
「ほら、起きてくださいよ。宿敵が来てくれましたよ」
「……私は」
煙のように周囲を隠す粉塵は、薙ぎ払うように放出された翼によって払われ、視界は一瞬にして澄明なものに変わる。
彼が攻撃を命中させたはずの地点には、大きなクレーターが残るばかりで、標的やその死体などは見られなかった。
声の聞こえた方を見ると、キリクは白に肩を担がれた状態ながらも十全であった。その上、神器による精神干渉の効果も断ち切られている。
「ど、どうしてエルズの洗脳が……」
「詰めが甘いですね。あの場は少し手間が掛かっても、死に至る幻術を浴びせるべきでした。私の行動に対応する為、逃げ足を用意しながら対応したのが、失着でしたね」
冷静に分析し、白は解説者であるかのように問題点を述べて見せた。
だが、それは事実だった。立ち上がることのできないほどのダメージを負ってはいたが、それでも人一人を殺すには十分な精神干渉を行うことはできた。
こればかりはエルズの力量不足というよりも、単純な臆病さ、慎重さが足を引っ張った。
その証明とばかりに、彼女の二の矢は放たれていた。それを白に回避されたということで、完全な死に手となったが、成功していれば瞬時に敵戦力の無力化に成功していたのだ。
安定、もしくはメンバーの生存を重視すれば悪手とも言い切れない。ただ、重要な局面で決めきれなかったのは、大胆な攻め方を避けた結果とも言える。
「ですが、どちらにしても同じことですよ。もし、エルズさんが殺す気でしたら、その時は私が助けていましたから」
仮面の槍使いは黙ったまま、乱暴さを感じさせない様子で白の介抱を拒み、槍を杖にして自立した。
「《風の太陽》、あの時の借りを返す時が来たか」
「……やはり、俺の脅威として立ちはだかるか。ならば、ここで殺すまでだ」
ガムラオルスの姿を見て、掃除烏の一同は言葉を失っていた。
彼の発した言葉は紛れもなく、悪の側に立ったものだった。その上、当人の表情は非常に険しく――憎悪の感情という石膏を貼り付けたように、常人のそれと隔絶した顔つきとなっていた。
エルズは彼自身に対する驚きではなく、純粋な変化に驚愕し、また恐怖した。
彼女が、ただ顔つきが悪いだけで恐怖するような少女でないことは、周知のことであろう。
だからこそ、彼女の内面を見ないことにはこの反応は奇妙であり、また不可解である。
「(これが……あのカッコつけてた人なの? こんなに変わっているなら、ティアはやっぱり無理矢理連れて行かれたってことなの?)」
エルズの世界は大きく歪んだ。
一人の男の大きな変化は、その実大きな感心ではなかった。しかし、投じられた一石が生み出した波紋は、彼女にとって重大であった。
ティアがもしも、誘拐同然に山へと連れ戻されたとすれば、置き手紙の内容は全くの嘘ということになる。
「(……違う! そうじゃない! ティアはエルズに、助けを呼んでいたんだ……だから、山に戻るなんて書いてくれたんだ――なのに、なのにエルズは、もう二度と会えないって諦めて、ティアの……親友の助けに気付いてあげられなかった)」
驚愕は疑念へ、疑念は自己への怒りに、そしてその果ては強く激しい後悔へと――少女の感情は振り子のように揺れ、秋の空模様のように変化を繰り返していた。




