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緑色の翼を広げ、こちらへと迫り来る存在。《放浪の渡り鳥》との異名を持つティアを想起させる要素ではあるのだが、彼女自身はこのような術を有してはおらず、またそれらしい逸話も残してはいなかった。
にもかかわらず、ウルスはそれを予見した。
一対の翼は純度こそ低いものの、風属性としては相当な鮮やかさを持ち、その放出量も人間のものとは思えなかった。
そしてなにより、この場を見て助けに来る者がいるとすれば、それは彼女の他にあり得ない。むしろ、風属性使いという時点で面識のある人間は限られるのだ。
――しかし、彼の予想は外れた。
「《翔魂翼》のホルダー……《風の太陽》のガムラオルスさんですよ」
その名を聞いた切断者は、全く知らない名前、初めて遭遇した同類の存在に目を大きく見開いた。
反応こそ同じだが、エルズの方は別の意味の驚きに囚われていた。
彼女はガムラオルスという男を知っていた。常日頃から、ティアが好きだと口にしていたガムランという人物。
ただ、それだけではなく、当人とも相対したことがあるのだ。それどころか、名前を偽りこそしたが自己紹介までした仲である。
「なんで、あの人が」
「えっ、エルズさんは知ってるんですか?」
「前にも──仕事人の時にも言ったでしょ? 巫女が光の国に集まって、会議をしたって――その時、ミネア姫の護衛についていたのがガムラオルスよ」
その会議が行われたという時点でとんでもないことなのだが、そこに集まった面々も錚々たる顔ぶれだった。
《闇の太陽》エルズ、《火の月》アカリ、《水の月》カイト、《風の太陽》ガムラオルス――そして、夢幻王の側近である、白。
「なるほど、だが分からないな。どうして火の国から助けが来る……それに、どうして奴は南下している――いや、そもそも奴がこの場に来ると、どうやって予想できた」
「……彼は《風の大山脈》から来たんですよ。ティアさんを連れ帰った一件から、それは知っているかと」
全く初耳の情報に、ウルスはエルズの顔を見やった。
しかし、彼女は黙って首を振るばかりで、何も口にしない。ただし、それは嘘が露見したという恐れから来るものではなく、自身でさえ知らなかった事実による錯乱がもたらした反応だった。
「(えっ……ティアがあの人に連れられて? ティアは……自分で帰ったんじゃ?)」
木に刻み込まれた置き手紙では、ガムラオルスの存在は一文たりとも仄めかされていなかった。
もし、恋人が迎えに来たというのであれば、ティアはそれをどんな形でも告げていたことだろう。それ以上に、自分を起こして別れをするくらいの余裕はあったことだろう――彼女はそう考えていた。
「(でも、もし無理矢理連れて行かれてたなら――ティアは)」
「さて、三人とも少しは元気になりましたか? 死なない程度にいたぶる予定なので、もう一撃を耐えられる程度には戻っていてほしいのですが」
口調こそは穏やかだが、やろうとしていることは悪逆非道だった。
エルズは救いに対する喜びと、親友を奪われた憎悪とを混ぜ、どうすればいいのかを迷っていた。
ウルスやクオークもそれは同じだった。彼らからしてみれば、新手の《選ばれし三柱》が味方なのかどうかも分からないのだ。
その疑問は、良いか悪いかを定めるまでもなく、吹き飛んだ。




