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彼の言葉には父のみならず、戦士達も言葉を失っていた。
「先行部隊の者で、族長を助けようとした者はいたか? ティアに助太刀したような者はいたか?」
「あ、あれは族長でなければ……」
「我々では戦うことも――」
「ならば、ティアは戦えていたというのか? ティアでさえ、あの場面では時間稼ぎがやっとだった。だが、それも安定して行えていたわけでもない――ならば、お前達は何故、そんな状態のティア……族長を一人で戦わせた」
自己弁論のような小さな反論は、一瞬にして吹き消された。
「族長ならばどうにかなる。カルマの再来である彼女ならばどうにかなる。お前達の心中にあったのは、そうした理想への酩酊だけだ。戦いの最中、泥酔するほどに酒を飲む奴がいるのか?」
彼はシナヴァリアのように――地上を知った先達と同じく、数を数えるように物事を見定めていた。
ただ、二人の間には大きな差があった。実務を幾年も行ってきたシナヴァリアと違い、彼は実戦仕込みの我流だ。
故に、こうした叱責をしながら、彼は強い憤りを表情に出していた。冷静さを持ちながらも、感情を隆起させてしまったのだ。
「戦いは奇跡でどうにかなるものではない。回天戦術に頼り切るようでは、末期だ」
不満をぶちまけ終えたとばかりに、彼の表情は冷えつくような冷静さを取り戻した。
そうして周囲を眺め、戦士達の表情を窺った。そして、彼は背を向けた。
「俺は里を抜ける」
「なっ……お前なにを言いや――」
「沈む船に付き合うほど、俺は義理深くない。お前達が破滅に向かう絶頂感が恋しいのであれば、正気な俺は邪魔になるだろ」
今の一瞥だけで、彼はこれを察したのだ。
一同の表情に共通していたのは、理解したという感情ではなく、ただ目の前の状況に応じているという――思慮も知性もない、場当たりなものでしかなかった。
彼はそれを何よりも嫌った。他でもない、その場当たりとはティアそのものだったのだ。
「……ガムラオルス、里を抜けるという意味を理解しているのか」
この騒ぎを聞きつけたのか、元族長が姿を現した。その表情は咎めるようなものではなく、中立平静なものだった。
それを見て再び、彼は憤りを覚えた。不可解な反応だったからではない――それが、本来彼が望んでいた反応だったからだ。
「皆があなたのように目が見えていれば、こうなることはなかった」
「他者を卑下して、それで愉悦感に浸りたいのか?」
「……白痴とでも思わなければ――この連中が同じ人間であることにひどく嫌悪することになる」
「そうか。覚悟の上か」
ウィンダートは彼が何を考えているのか、それを理解していると言った様子で応じた。
そして、止めようともせずに黙った。
そんな元族長の姿に驚きながらも、咄嗟に彼の父は「なら、あの手袋を持っていけ」と言った
「……もう不要だ。ここに戻ることはない――もし戻ったとしても、その時は味方ではない」
明確な敵対に、戦士達が携えていた武器を構えるが、ウィンダートはこれを制した。
ガムラオルスは再び落胆し、なんの未練もなくその場から飛び去ろうとした。
「……ティアには、告げたのか?」
「今から告げに行く。あいつの居場所も、おおよそ見当がついている」
それだけ言うと、族長補佐だった男は緑光の翼を放ち、空へと身を解き放った。
去りゆく若人を見送り、ウィンダートは「あやつも、あのように考えるようになったわけか」と呟いた。
「……ありゃただ、意地を張ってるだけだ。ティアちゃんの下につくのが気に入らねぇって、駄々捏ねているだけのガキだ」




