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「あの、何かやったんですか?」
早朝、ガムラオルスの第一声はそうだった。
「ん、何の話だ?」
「とぼけないでください。ティアが楽しげに帰っていく姿を見ました、あなたが宣言どおりに何かしたとしか考えられません」
どうにも、ガムラオルスはあの後にティアを追いかけてきたようだ。ただ、間が悪いことに話が終わってからきてしまった。
善大王の目論見としては、ティアと話している最中に彼が到着し、それで関係を良くしようとしていたようだが。
「さ、どうだろうな」
「一晩泊めたんですから、言うのが道理でしょう」
「ま、一理はあるか。だがな、心配ならティアとくっついちまえよ。俺だって、他人の女を奪うような真似はしないさ」
「いや、俺はただ、族長の娘としてのティアが心配で」
「俺がガキの頃、大して顔のよくないダチがいた。そいつはあまり可愛くない子に告白をされ、年相応な男の恥や周囲の目もあって、断ったんだよ」
ハンモックに座り直り、善大王は続ける。
「ま、そいつが告白されたのはそれっきり、どうせ今じゃその失敗すら後悔しているんだろうな。……このたとえは少し悪いな、ティアは普通に──それもかなり可愛い部類だ」
自分の話のような語り口だが、彼の話したことに嘘はない。本当に、当時の友人の話をしているのだ。
深読みをしたのか、ガムラオルスは目を伏せ、一度間を空ける。
「わかりました、少しは考慮してみます」
善大王は笑みを浮かべ、家を出て行った。
「ねぇ、ティアと戦わなくていいの?」とフィア
「そうだな……少しは待ってもいいかもしれない」
少なくともティアとガムラオルスが一度は接触するまで、と付け足す。
フィアを伴ってガムラオルスを追跡し、二人が遭遇した時点で追跡組は魔力を抑えた。
「ガムラン!」
「はい、なんでしょうか」
ティアは顔を赤らめていた。
「……ちょっと、一緒についてきて」
しんみりとした様子のティアに対し、ガムラオルスは今までと違う反応を示した。
「おい、フィア。いまガムラオルスはどんな感じに思っているんだ?」
「えっ、だって……それ見ると楽しくないし」
「いいだろ、いいだろ!」
「うーん……わかったよ」
急かされ、フィアは目を閉じた。
「……えっと、いつもの厚かましい感じじゃないから結構可愛いって」
「まぁ、そうだろうなぁ。あのガッツキで子供っぽさ丸出しよりかは可愛く見えるだろうなぁ」
もちろん、善大王の場合は前者の方が好みに当たる。もっといえば、相手が少女であればどちらでも構わないというべきか。
一緒に山を歩き、小さなことでも楽しそうに話す二人の様子を見て、フィアはニヤついていた。善大王もそれに近い反応を見せている。
そしてデートも大詰め、夕暮れ間際で二人は人気の少ない──人口密集率はどこも低いが──場所で立ち止まった。
「ねぇ、ガムラン」
「なんでしょうか」
「あのね……」
何を言うのか、キスでもするのか、と盛り上がっている善大王とフィア。
一体何を言われるのかと、気が気でないガムラオルス。
それぞれの思惑が交錯する中、ティアは口を開いた。
「あのね、交尾してほしいの!」
世界が、静止したかのように思われた。
「えっ!? ティアなに行ってるの!」と小声でフィア。
「うーむ、なかなかに攻めの姿勢だな。というか、初っ端からするなよ、と」
気になるガムラオルスの対応は、とさらに気を集中させる二人。そんな二人に気づいていないガムラオルスは、あっさりと言い放つ。
「ティアは族長の娘なのですから、もっと節操を持ってください」
「えっ、でも……だってガムランが好きなんだもん!」
「そういった発言も含めてです。それと、善大王という男に何かされたのではありませんか?」
どうにもかなり真面目なガムラオルスはティアの言葉を軽く一蹴し、別の話に切り替えた。
「えっ、なにもしてないよ? 善大王さんには励ましてもらったの」
「そう、ですか……」
「うん、でもおかしいなぁ……善大王さんから言われた通りにやったのに」
その言葉を聞いた途端、ガムラオルスの額に青筋が浮かび上がった。