8j
炎が掻き消えたかと思うと、後方で立っていたキリクが地面に倒れ込んだ。
「なるほど、初めから私目当てではなかったと」
「あんたは得体が知れないわ……だから、不意打ちだって成功する見込みがなかった。なら、警戒のない方を討つだけよ」
これに関してはウルスも惑わされたらしく、予測外の現象に愕きを見せていた。
「確かに、これで三対一ですね。最善の手でしょう――私が、好きな場所に移動できる駒でなければ」
瞬間移動、という単語がエルズの脳裏を過ぎり、咄嗟に黒ローブに対しても神器を発動させようとした。
しかし、これは当初の読み通りというべきか、対象を捉えることもできずに空振りとなる。
そもそも、《邪魂面》というのは対象を定めてしまえば、距離はさほど大きな問題ではないのだ。目視が必要という制約でさえ、そこにはない。
にもかかわらず、彼女にそれを行うことはできなかった。対象を自己認識の範疇に加え、その上で精神干渉を行う――これこそが仮面の手順なのだが、エルズはそれを視覚に頼っていた。
神器とは発展性のある道具であり、使い方を理解できなければその力を発揮することはできない。
如何に神器の効果を知り、その限りを調べるか。それこそが《選ばれし三柱》にとって、最も有効な強化手段である。
実際、手助けを得ていたとはいえ、ガムラオルスもこうした神器の理解を経て飛行能力を獲得した。
「強すぎる力の代償ですよ。あなたの神器はあまりにも簡単に、それであって十分な成果を示してきました。だからこそ、その先をみようともしなかった――詰みです」
好きな場所に移動ができる――それは事実を述べたわけではなく、この場を盤上にたとえての一声だった。
「……どこに」
「はい、ここに」
瞬間、白は同じ場所に出現した。一度は確かに消え、その魔力を含めた全ての気配が断たれていたにもかかわらず。
「……やはり、奴の能力は――」
「おっと、ウルスさん、それ以上は無粋というものですよ。それを口にしようものなら、私はあなたを殺さなくてはなりません」
「はっ、まるで今はその気がないみたいに聞こえるぞ」
「組織は私に命令を下しましたよ、あなた達三人を殺せと――ですが、それに従うのは望むところではない」
切断者の負ったダメージは想像以上に大きく、これほどまでの時間をかけても、未だに立ち上がるに足るだけの体力は戻っていなかった。
だが、彼の眼光だけは鋭く、そして追跡するように黒ローブを捉えている。
「さて、そろそろですかね」
「……なんのことだ」
「これだけの《選ばれし三柱》が、こうして一堂に会したわけです。多生鼻の利く人であれば、これに気付いていることでしょう」
そう言いながら、白は口許以外を隠したままに、空を見上げた。
まるで思い当たる節のなかったウルスだが、彼につられるようにそれを目視した瞬間、一つの可能性を感じ取った。
「まさか……渡り鳥か?」




