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――水の国上空にて……。
「……くだらない」
一対の緑光を尾にし、ガムラオルスはただ一言だけ呟いた。
彼は一族を裏切り、里を抜けた。そんな彼の両手は――その皮膚は、冷たい風に触れていた。
彼の不満は、ティアと一族の体制に向けられていた。
ここで皮肉なのが、彼はその両者に嫌われていたわけでもなく、むしろ好かれていたというところだった。前者はともかく、後者に関しては彼も知るところである。
――時は遡り、ティアに別れを告げる数刻前。里にて……。
「族長補佐、大変な活躍でしたね」
「あなたが救援に来なければ、我々は――」
「……族長の身は危なかっただろう。お前達については、増援で十分に間に合っていた」
戦士達からの賞賛を受けながらも、彼は無愛想な顔で、それに見合った冷淡な返答を行った。
これには引き気味になる面々だが、それであっても彼の活躍は著しいものだった。
先行部隊の戦いぶりはひどいもので、それこそ時間稼ぎをどうにかこうにか行えていたという程度。
あれだけの魔物相手に、とすると評価に値するかも知れないが、それは地上での話。彼らは外界のそれとは桁違いの戦闘能力を持つ、風の一族――その戦士なのだ。
だが、その後続として現れた増援部隊については、文句のつけようのないほどの立ち回りだった。
そうすると、増援が本隊なのでは――と考えるかも知れないが、これもまた違う。
増援の名に偽りはなく、彼らは主力などではない。一線級の戦士と比べると、一回りも二回りも戦闘能力の劣る者達で構成されている。
ただ、彼らと先行部隊には大きな差が存在していた。
それは一重に、戦術の差である。族長率いる主力先行部隊に対し、増援の部隊はその補佐のガムラオルスが指揮しているのだ。
陣頭に立って戦うティアと違い、彼は士気を重要視しない、手堅い準備を以て戦っている。
あの戦いの時でさえ、先行部隊の状況を確認する為の偵察を送り、その上で対策や戦法の構築を短時間に行った。
戦線に立つ者はそれらが決定するまで、十分に運動を済ませ、肉体的にも精神的にも万全な状態で戦いに臨んでいた。
こうした偵察、その結果から導き出された対策によって、ガムラオルスは一見もしなかった魔物の弱点を予測して見せたのだ。
百聞は一見に如かずとは言うが、観察項目が正確であれば当人が目を用いることなく、その情景を想起することができるのだ。
「っても、お前はティアちゃんのところに行ったじゃねえか。なんだかんだいって、心配だったんだろ?」
そう言って馴れ馴れしく話しかけてきたのは、彼の父だった。
「ああ、族長の身に危険が迫っているということは、予想していた」
「ならそれでいいんだよ。小難しいことやカッコつけなんてのは、ほどほどで――」
「あの状況、俺が行かなければ族長は死んでいた。そして、それを誰も助けないということを理解していた。だからこそ動いただけだ」
「……なんだと?」
「ティアが心配だったか、だと? 俺はあいつの族長としての側面を見ているだけだ」
至って真面目に、気恥ずかしさをこれぽっちも含めずに発した言葉は、父親を激昂させた。
「お前……っ」
「俺が何か間違ったことを言ったか? ならば、どうして族長はあのような状況に立たされていた?」
父親は反論できず、ばつが悪そうな顔でガムラオルスを突き飛ばした。
「全員、ただ酔っていただけだ。ティアは絶対無敵の武神じゃない。ましてや、伝説の英雄の再来などでは断じてない」




