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二人は見合ったまま、身動き一つせず――呼吸さえ忘れていた。
「……奴には見つかるなと、念を押しておいたはずだが」
「すみません……」スケープは小声で答える。
「なんの話じゃ? 神器の効果をこんな場所で話したことを、謝罪しておるのか?」
ヴェルギンには、スタンレーの声は聞こえていなかった。それどころか、彼の気配に至るまで、何一つとして感じ取れていない。
とはいえ、会話の内容が内容なだけに、この言葉が向けられた先には違和感を覚えていなかった。
「は、はい! そうです……すみません」
「謝って済むことではなかろうに――しかし、ワシに非がないわけでもない。オヌシが口の軽い女子であることは知っておったんじゃからな」
「は、ハイ……」
「そこでハイというのはどうなんだ? 奴に失望されているぞ」
「そ、そうなんですか?」
「……まぁ、そうじゃな。軽薄な態度、空っぽな性格、それらから予測できんワシでもない。そうであっても、あの場ではオヌシに頼む他になかった」
不自然なことに、自然な会話が成立していた。偶然の手助けが大きく貢献している節があるが、ヴェルギンに耄碌しているような様子は見られない。
「なんか、ものすごく悪く言われてないですか? ワタシ」
「オヌシが反省できないことは承知の上じゃ。それが直せないことも……な」
スケープは首を傾げるが、彼女の隣に立つスタンレーの表情は鋭く、刺し貫くような威圧感が含まれていた。
「どうしたんじゃ、助けは呼ばんつもりかのぉ?」
「えっ」
「誰かいるんじゃろ? ……《秘匿の司書》辺りか?」
予期せぬ名指しを受け、《風の月》である女性は青ざめ、自身の豊満な胸を見つめた。全てを観測しつくような、ヴェルギンの目から逃れようと。
「その様子じゃと、どうにもそれが正解……ということで間違いないらしいのぉ」
「そ、そんなことは……」
「あの男は、自身の存在を隠蔽する力を持つという。ワシが察知できないのは、それが原因じゃろう」
スケープは以前として顔を青くしているが、肝心の司書はというと、口許を緩めて笑い出した。
「惜しいところまで迫ったが、これが奴の限界か」
「えっ」
「奴はおれの居場所を捉えてはいない。ただ偶然、条件と合致しただけだ――これでは足は付かない」
「……」スケープは無言で頷く。
「さて、出てこないというのであれば――少しばかり痛い目に遭ってもらうことになるが? それでも、この娘を見逃すのか」
敵を捉えたとばかりに、熟練の《選ばれし三柱》は口調を厳しいものに変えた。
彼は手柄を歌うような男ではなく、口八丁で状況を変える男でもない。その口が発した言葉の大半は事実であり、実行予定でしかない。
つまりは――脅しではなく、本当にスケープを痛めつけようとしているのだ。
「耐えられるか?」スタンレーは問う。
「はい」
「ならば、おれはここで退く――不完全な状態で戦えば、敗北は必至だ」
ヴェルギンはスケープの奇妙な仕草などを確認しつつ、ため息をついた。
彼女の言葉や動作は、何者かと話しているものであり、そこに――この近くに誰かが居るのは明白だった。
それであって抵抗する様子が見られないのはつまり、拷問に耐えろと命じられたということに他ならない。
何の意味もない痛めつけになると分かったからには、彼としても気乗りするものではないのだ。
スケープもまた、彼の弟子なのだから。




