19v
――ヴォーダン宅にて……。
「(ありゃーミネア様は本当に落ち込んでるみたいですねー)」
これっぽっちも他人に興味がないスケープは、まさに他人事といった様子で思考し、「それじゃ、ワタシは失礼しますねー」と小声で言った。
これは彼女の想定通りか、落ち込んでいるミネアの耳には届いておらず、勝手ではあったが気付かれずに外に出ることができた。
暴力を振るわれた直後だというのに、彼女にはその感触が乏しかった。痛みはあれど、それがただ殴られたという事実に改変されていたのだ。
記憶を遡ることで、殴られたという事実をずいぶん前のこと、という風に感じているのだろう。とても奇妙な性質である。
「聞こえていますか?」
「……なんだ?」
誰も居なかったはずのそこに、一人の男が立っていた。
その人物はスタンレー本人であり、少なくとも幻術の類ではなく、彼女にとっては実体も同然だった。
「師匠の神器がどんな効果なのか、ようやく分かりました」
「……術の封印だろう?」
最初の応答には呼ばれたことへの憤りが含まれてたが、今度のそれはいまさらなことを言われた呆れが表れていた。
「それはそうなんですけど――触らなくてもいいみたいです」
「なんだと? ……効果を錯覚させる為の小細工か」
ヴェルギンは今に至るまで、幾多の戦いで敵の術を封じてきた。その際の特徴として、確実に神器で触れていたのだ。
命を賭けた戦い、見られる場面ではない際、とっておきが必要となる戦場――そうした時の引っかけとして、事前に手間をかけていたとしても驚くには値しない。
「あの男は厄介だと思っていたが、本格的におれの天敵らしい」
「それに! 封印した術は壊さない限り、ずっと使えなくできるらしいですよ」
「……永続封印だと? それは問題だな」
「でも、たくさんの《秘術》を持っているなら、大丈夫じゃないですか?」
あの戦いを目にしながら、スケープは何一つ理解できていなかった。
明らかに格落ちの感が強かった《封魂手甲》が、術者を完全に無力化させうる性能を持っている、という事実に。
「こちらの手札は何十枚もない。全てを封じられた時点で、完全に詰みだ」
そう、《導術》であれば取っ替え引っ替えすることで、完全な無力化を防止することができる。
しかし、《秘術》という切り札を封じられた場合、根底から作戦が崩されることになる。
複数持つ彼でさえダメージが大きいというのだから、純粋に《秘術》一つを必殺の域に高めた者であれば、絶望的な被害――敗北が確定するのだ。
「お前を送り込んでおいたのは、正解だったかもしれない」
「そうですか? ありがたき幸せです」
「後々の砂漠盗りの際、奴を隔離できるというのは活きてくる」
「なるほど」
明らかに理解していないと察したのか、スタンレーはその場を立ち去ろうとした。
しかし、急な客人の到来に気付き、立ち止まる。
「……スケープ、なにをしておるんじゃ」




