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「本当最低、ティアが可愛そうだよ」
「うんうん、分かるよ」
善大王は日が傾くまでフィアの愚痴に付き合っていた。
恋愛に関しては盲目的というべきか、妙に怒っている。彼女が城に閉じこめられている時代に、そうした類の本ばかり読んでいた影響だろうか。
「それにしても、ティアは遅いな」
「あの意地悪男が謝りにいけばいいのよ」
「うんうん、そうだね」
さすがに心配になりだした善大王は用を足しにいくとフィアに告げ、家の外に出た。
用事はティア――ではなく、ガムラオルスにあった。
「よう」
「……あの子は落ち着きましたか」
「いや、まだまだ怒っている。それは別にいいんだ」
もはや諦め気味な善大王はガムラオルスの隣に座った。
「謝りに行った方がいいと思うぞ」
「男の私が勝つのは当然のはずです」
「プライドは大事だ。それを持っていない男は男じゃない。だがな、傷ついた女の子を放っておく男もよくない。男は女に優しくなきゃいけない」
善大王はらしくもなく、男の先輩として若き少年に助言をしていた。
「ティアは結構傷ついていた。負けたことじゃない、お前に拒絶されたことがイヤだったんだろうな」
「拒絶なんてしていません。それに、ティアは節操がないんですよ、族長の娘としてそれではいけません」
「……ああそうか、分かった。じゃあとりあえず、俺が励ましてくる」
善大王は気取った、それであって演技掛かった声で言う。
一瞬、ガムラオルスの表情が変わった。誰が見ても分かるほどに。
「構いませんよ」
「前みたいに、挨拶をするかもな」
また、ガムラオルスの顔が変わる。
「知りませんよ。私はティアの友人に過ぎないので」
「では少年、俺はここらへんで失礼する。夜は長いが大人の交友はなかなかに短い。享楽は一瞬、乙女心は秋の空だ」
善大王は言い残し、ガムラオルスの悔しそうな顔を確認してから去っていった。
ティアを見つけることは難しくなく、開けた場所で一人泣いているところを善大王が発見した。
「ガムランの馬鹿……探しにしてくれてもいいのに」
「お互い意地っ張りじゃ、うまくはいかないな」
背後からの声に気付き、笑みを浮かべたティアだったが、すぐに表情を曇らせる。
「なんだ、善大王さんか……あれ、善大王さん?」
最初こそはガムラオルスではないとがっかりしていたが、いるはずもない善大王に驚きを示した。
「ああ、俺だ。ちょっとした用事で来た」
「そうなんだ。来てくれたんだ、嬉しいよ」
ティアは笑っている。しかし、善大王しか気づけないような、仔細な感情の揺れが、そこには存在していた。
「あんまり無理するなよ。落ち込んでいるんだろ?」
さりげなくティアの隣に座り込み、善大王は彼女の肩を抱く。
「男ってのは意地っ張りなんだよ。そして馬鹿な生き物だ。若ければ若いほど、その愚鈍さは極まっていく」
「善大王さんの言ってること、よくわかんない」
「ティアはガムラオルスが好きか?」
「うん」即答する。
「なら、相手のことを思いやった方法にしてやるといい。負けたらデートをすることになるなんて、男からしたら情けないように思うからな」
「んじゃあ、私が負けたらデートして、とか?」
「それも少しアレだな……もっとやわらかい表現にした方がいいかもな」
善大王らしからぬ真っ当な言葉だが、ティアは純粋に感心していた。
「おぉー! ……で、どうしたらいいの?」
「とりあえず、デートという言い方はやめよう。遊びに行くだとか、一緒についてきて、とかそういう言い方にするといい。あいつは恋人関係になるのを恥ずかしがっているみたいだからな」
「うーん……でも、それじゃあガムランの彼女になれないよ」
最近の少女はみんな恋愛好きなのか、と呆れそうになった善大王だが、進言を続ける。
「男女仲は慣れだ。しばらく遊んでいると、その内慣れてくる。慣れたら、少しずつ段階をあげていけばいいんだ。手を繋ぐだとか、キスするとか、一緒にお風呂に入るとか」
「えっ、キ……キス? そんなことしちゃうの?」
かなり初心らしく、ティアは顔を赤くしていた。
「まぁ、最終的にはあれだな……交尾だ」
善大王はティアにも伝わりそうなニュアンスで言った。
やわらかい表現にも見える反面、逆に途轍もなく直接的で生々しくも思える。
「交尾……うん、わかった! 明日から頑張ってみるよ!」
「ああ、ティアが元気ならそれがいい」
ティアは満面の笑みを浮かべると、その場を去っていった。
「……しまった、再戦の約束を取り付け忘れた」
ティアの問題解決に夢中になっていたこともあり、善大王は大切な用件をすっかり忘れていた。
ただ、それを深く気にすることもなく、待っているであろうフィアの元へと戻っていく。




