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――火の国、フレイアにて……。
ミネアは黙っていた。
「せっかくシアンちゃんと仲直りできたのに……なんで」
「ミネア様ってソッチの気があったんですか?」スケープは茶化すように言う。
「誰もあんたに言ってない!」
「うぉお……マジで怒ってますね」
怒り方は普段のものと違い、真に憤りがにじんでいた。
彼女からすれば、シアンとの和解はなによりも望ましいものだったのだ。
一度は術が使えず、覚えようともしないという理由で別れた二人だったが、攻略戦という大舞台でシアンは術を使ってみせた。
それだけが理由ではないのだが、とにかく二人の《星》は同じ道に戻りかけていたのだ。それを再び分かつことになったのは、彼女の父親だった。
さすがに今回は我慢できる問題ではなかったらしく、ミネアはフレイア王に対して直談判を行った――が、結果は言うまでもないだろう。
「それにしても、盛った拍子に暴れ出すなんて……ハジけてますね、ミネア様」
「……」
憎悪を覗かせる瞳に睨らまれ、「うぉ……」と声を漏らしながら、スケープは退いた。
「八つ当たりはひどくないですか? ワタシだって、ミネア様を止める為に頑張ったんですよ」
「誰が止めろって言ったのよ」
「師匠です」
「そんなの知ってるわよ!」
失敗に終わった最大の要因は、彼女の師匠でもあるヴェルギンだった。
今回の説得は言葉だけでは済まず、ミネアが実力行使に出たのだ。
《火の星》がホームグラウンドである火の国で戦うというのは、対峙する相手を抹殺することに他ならない。
あってはならないことだが、ここでフレイア王殺し――もしくは交渉――が成功していれば、組織の陰謀は空振りに終わるところだった。
しかし、運命は常に強者が確定していく。組織が放った三国同盟取りの策が打ち破られることを、世界は拒んだのだ。
対巫女戦に限って言えば、《雷の太陽》に勝る者は居ない。
その上、《風の月》であるスケープまで止めに入ったのだ。天下無双の《星》とはいえ、ここまでされてしまえばなす術がなかった。
「こんなことなら、アリト……さんを王にした方がマシよ」
「あの人はやめといたほうがいいですよ」
「……なによ、あたしをからかって楽しい?」
「いえいえ、ミネア様を想ってですよ。だってアレですよ? 吸血鬼もバッチコーイって感じの人じゃあ、物騒な――」
わざとらしく両手で口を押さえるが、本人は天然でこのようなジェスチャーを取っていた。
ただ、いくら怒りに囚われているミネアだとしても、ここまでの発言になれば見逃しようがなかった。
「……なんであんたが、それを知ってるのよ」
「えーっとですね。あれですよ、うん……師匠から聞きました」
「師匠が知るはずないわ。吸血鬼は古参の《盟友》じゃないのよ?」
こりゃしまった、とでも言いたげな顔を見せた後、スケープは観念したように「うんうん」と唸りながら頷いた。
「嘘です」
「それは分かってるわ。大事なのは、それをどこで知ったのか、よ」
「……わか、りません」
「こんな時につまらない嘘をつくんじゃないわよ」
ミネアは頭に血がのぼっているらしく、迷うこともなくスケープを蹴りつけた。
飄々としている女性だが、彼女は白やライムのように腹黒いわけではない。だからこそ、このような不意の一撃を回避するだけの観察能力はなかった。
暴力を受けたスケープは亀のようにうずくまるが、それで舞姫の憤怒が収まるはずもない。
「あたしはシアンちゃんと一緒に居られればよかったのよ! それを邪魔する奴は誰であろうと――」
ミネアの声は、スケープに届いていなかった。
彼女の意識は、ここにはなかったのだ。




