14Φ
――時は少し前に遡り、隠し牢にて……。
ディードに後を任せたライムは、壁が戻ったのを確認すると、妖しい笑みを浮かべた。他人の不幸や、滑稽な者を小馬鹿にするような顔だ。
しかし、眼前に男が現れた瞬間、表情を厳しくした。
男の出現は一瞬。それこそ、召喚や幻術での出現を想起させるものだった。
だが、それについて驚いているわけではなく、ライムは相手を確認してから緊張を解いた。
「あら、白様。ごきげんよう」
「はい、こんにちは」
優男は顔の通り、優しい声と口調で少女に応えた。
闇の国、そして組織においてのジョーカー同士なだけに、初手は両者とも穏やかなものだった。
「ダークメア様から?」
「いえ、ディードさんをつけさせてもらいました」
これには無警戒だったと、闇の巫女は素直に感心して見せた。
「わたくしは警戒していたつもりでしたが――まさかディード様を目印にするとは思いませんでしたわ」
「ええ、あなたが彼を重要視していることは理解していましたから。《雷の巫女》の失踪と聞いて、彼が生かされた理由を察しました――この為に用意した駒、だったということですね」
白はライムの手を読み切っていた。
それは読まれた当人が一番理解しており、この発言だけで彼がどこまで気付いているのかを察した。
「イカサマは使っていない、と」
優男はライムとは対照的に、白い歯を見せて笑った。
「はい。この件については独力で調べました」
常に余裕を見せる少女も、これには脅威と感じざるを得なかったらしく、無表情で背後の壁を確認した。
「安心してください。この件にはこれ以上関わりませんよ」
「……あら、不思議なことをおっしゃいますわね。あなたの狙いは、わたくしの手を潰すことではなくて?」
「そんなことはありませんよ。それに、言いましたよ――この件については、と」
ここで全てを理解したらしく、ライムは不気味に思いながらも、それを隠すように表情を戻した。
「父さんの命令でしょう?」
「そうですわね」
「……そして、あなたはそれを利用しようとしている」
「そこまで見えていて、よく黙っておく気になりますわね」
「自覚があるだけですよ。こういう、大きなことに首を挟むような立場じゃないって――そういうことは、黒に任せますよ」
「兄弟思いなことで」
「はい」
皮肉への返しというには、声色や表情に嫌みったらしさが微塵も含まれていなかった。
ライムは非常に不愉快な気分になり、黙ってその場を立ち去ろうとした。
「王族の導力にだけ反応する仕組み……ですか」
「うってつけでしょう? 先代夢幻王のおかげで、これを開けられるのは、わたくしとディード様だけですの」
いくらどこに隠されているかが分かったところで、それを破る手段が存在しないとなれば、手の出しようがない。
彼女が手の内を晒したのも、そういう理由があったのだろう。
「このことはどうぞご内密に。もちろん、愛しの黒様にも」
「はい」
先んじて出て行こうと、背を向けた白に対し、ライムはできる限りの仕返しとばかりに「わたくしは、あなたを最大の障害と認知していますわ」と本音を口にした。
しかし、彼は怒ることも、驚くこともなく歩みを進める。
「買いかぶりですよ。私には、なにかを変える力はありませんよ――昔も、今も……これからも」
悲観的な発言の後、彼は向き直る。「こんな私を警戒するなんて、あなたは今を生きる人を軽んじているようだ」
 




