12χ
――マナグライド城、応接間にて……。
「巫女をどこにやりやがった」
「……さて、わたくしは知りませんわ」
「オレが気付いていねェって思ってンなら、さっさと吐いた方がいいと思うぞ」
黒はライムを脅していた。
ライカの誘拐については、実のところ軍どころか、組織でさえ関知していないのだ。
ただ、その例外が二人だけ――三人だけ居た。一人は言うまでもなく、眼前で問い質している黒。
そして、もう一人は……。
「黒様は自分で気付かれまして?」
「たりめェだ、親父や白と違って――オレはお前を信用してねぇンだよ」
黒が表だって動くことのない理由は、ボス代理を行わなければならない――という職務的な要因のみならず、彼の疑り深さも影響している。
彼は各地で暗躍する一方、同時にライムへの警戒心を強めていた。
統率者としての立場にいる彼からすれば、彼女ほど奇妙な駒は存在しないだろう。
まるで読めない、理解できない不可解な行動、そして神出鬼没具合。どれをとっても、この巫女が自分の策に悪影響をもたらすと考えているのだろう。
まるで身内喧嘩のような様相を呈しているが、彼にはそれをするだけの余裕があった。
切り札であるカルテミナ大陸を落とされたのは事実だが、それで追い込まれたのは闇の国。組織も少なからずの余波を受けたとはいえ、未だ十全だ。
「でしたら、ご自分で対応すべきですわね」
「あン?」
「わたくしがライカちゃんを捕らえていなければ、あちらの勢いを止めることはできなかった……ですわね?」
「トニーに向こうの旗を潰させた時点で、三国同盟の破綻は確定してたンだよ――手柄で見逃せっていうなら、通らねぇぞ」
明らかな悪意、敵意を向けられながらも、やはりライムは笑みを称えたままだった。
「フレイアが外れる、という線は濃厚でしたわ。ですが、雷と水が分断すると断言できなかった……そうは思いませんの?」
「連中が噛んでたところで、こっちには影響ねぇよ。戦える巫女が一人なら、誤差の範疇だ」
黒の読みはおおよそ正しかった。
いくらシアンが無敗艦隊を指揮していたとはいえ、それは人間の戦い方でしかない。
組織の構成員は――少なくとも、切り札とされる者達は全て、一騎当千の化け物。
一手で数十回動ける駒が存在する状態で、通常のゲームを進めるのは至難の技だろう。いや、無理と断じても問題はない。
「黒様もまだ未熟ですわね」
明らかな煽りに対し、ボス代理は少女の胸ぐらを掴み、足を宙に浮かせた。
直接的な暴力を子供――の容姿をした――相手に行うなど、ひどく短絡的で幼稚な行動に見える。ただ、単純なだけに相当な威圧感があった。
「言っとくが、テメェをブッ殺されねぇのは殺せないからじゃねえ――親父の命令に従ってるだけなンだよ。ただの巫女一人、殺してもどうということでもねぇンだよ」
「貴方に、わたくしが殺せますの? それをできるほど、あなたは無知であることができますの?」
いつかライムが口にした、自分の死が世界に危険をもたらす――という文言はあながち嘘ではない。
そうなった場合、いの一番に影響を受けるのは闇の国だ。それを黒もまた理解している。
その状況で殺すともなれば、自らの心臓をえぐり出し、潰すような行動に等しい。
それこそが命を循環させる器官と知らなければ、実行することはできるかもしれない。しかし、知っていれば知識が行動や決意を阻害する。
だが、黒は手を緩めない。殺意は見せかけのものではなく、本当の感触を含んでいる。
さすがにライムも危機感を抱いたらしく、星の首飾りを一瞥した後、目を閉じた。
「命乞いか?」
「……」
「はン、ならさっさと吐くンだな。巫女の場所さえ掴めれば、テメェのクソみてぇな命なんざ――」
刹那、獰猛な男は勢いを削がれたように、瞳孔を縮み上がらせた。
実体は存在しない。しかし、明確な圧力は存在していた。
闇の巫女が得意とする幻術攻撃、と考えることは容易だったのだが、彼はそれとは違う力の形式であると看破した。
天性の直感もそうだが、これと似た感触を彼は経験していたのだ。
袖に燃え移った火でも消すように、黒は少女から手を放し、払うように投げ飛ばした。
途轍もない力を振るいながらも、ライムはまさしく子供といったように、大人の暴力によって壁に叩きつけられた。




