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囚人用であるにもかかわらず、その牢は異様に整えられていた。それこそ、貴族の一室に相応するものだ。
城内牢は貴人を閉じ込めることもある、とは述べたが、内部構造については一般的なイメージと乖離はない。その上、改変が加えられているのは一カ所だけと来ている。
「(この子供が何かをした、ということか)」
少女は眠りに落ちており、起きる気配はない。ただ、損傷が著しいというわけでもなく、単純に寝ているだけのようだ。
そんな子供の姿を確認した際、彼は再び、違和感を覚えた。
髪の色からして、闇の国の人間ではない。彼は他国に渡る機会が少なく、外国人の知り合いは皆無に等しかった。
にもかかわらず、その少女には見覚えがある――といえるほど明瞭ではないものの、初めて会った人物ではないという感触だけは覚えていたのだ
「(各地を落として回っていた時代に遭遇した……? いや、こんな子供と会った記憶はない)」
しばらく視線を向けていたが、考えるだけ無駄だと感じたらしく、彼は椅子に座った。
答えは資料に書いてあるだろうと、丁寧に丁寧に、目を滑らせることなく文字を追っていく。
「……」
読み始めた直後、ディードは硬直した。そして、二度見のように少女の姿を確かめた。
「(これが雷の巫女……か。とすると、巫女様の言いたかったのはつまり――他国が奪還作戦を行うかも知れない、ということか)」
巫女がもたらす影響力については、実際に大陸で戦っていた彼がよく知っている。
直接対決はなかったものの、飛び交う噂だけでその凄まじさを知るには十分だった。
(カルテミナ大陸の敗北は……この子供によって、常勝の切り札が敗れたことを言っていたのか)」
何故それを言わなかったのだろうか、と彼は疑問を抱いた。
読みの的中はまさしく予言の如く、書類の内容を先読みすることになった。
そうこうしている内に、囚人は目を覚ました。異物の接近に気付き、対応すべく意識が覚醒を始めたのだろう。
敵地のど真ん中だというのに、少女は寝ぼけたような態度で目を擦り、細めた目で辺りを確認した。
「……ここどこ?」
「闇の国だ」
その一声で目が覚めたらしく、急激に意識が明瞭になった。
「は!? アタシはかるてみな大陸って場所で――」
紫色の瞳はディードを捉えて放さなかった。横暴で粗野な態度とは対照的に、その瞳は大きく、まさしく子供という印象を抱かせた。
「(これが雷の巫女――《雷華の電撃姫》と恐れられた者なのか?)」
多くの同胞を死に至らしめた仇敵、という認識は大きく変化していない。
憎しみは当然のように強いはずなのだが、それ以上に驚きが彼を支配していた。
このような子供が、多くの人間を平気で殺せたのだろうか、と。




