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――オーダ城外にて……。
「よく許したものね」
「……なんのこった? 俺は何も知らねぇよ」
彼は殺害をよしとしていなかったはずだが、あの場で止めるようなことはしなかった。
分からなかったから、ではない。分かった上で、見逃したのだ。
「それより、情報はどうなってる」
「……ここに来ていた理由からね」
「ああ」
彼女はあの一瞬で対象の記憶を覗き見、重要な部分の大半を引き抜いたのだ。
そのついでに、絶命に至る洗脳を施したのだ。首を振った時点で、彼の死は確定していた。
「ブランドーは無関係だったみたい。ライオネルの貴族が直々に来たのも、彼を勧誘する為だったわ」
「勧誘、か……っても、あの大貴族様を引き入れるのは無理だろ」
「組織が今後行う計画を話したのよ。だから、呑まざるを得ない状況だったと思うわ」
ウルスは訝しんだ。
「計画?」
「各国に潜り込ませた間者を一斉に動かす……だって」
一見規模の小さい作戦のようにも聞こえるが、この危険さは切断者でさえも分かった。
彼が知るところでは、教会に属する人間は組織を運営しているのだ。冒険者や盗賊がいきなり暴れ出すと考えると、初撃でもたらされる被害は想像を絶する。
なにせ、闇の国や魔物だけが敵だと思っている各国からすれば、唐突に身内が敵に変わるのだ。その上、決起の後には疑心暗鬼が国を満たすことになる。
その状況であれば、協力者となるのが最適である。そうなれば背後からの刃は消え去り、安心を得ることができるのだから。
「……それで、あいつは呑んでたのか?」
「拒否の方向で進めていたみたいね。だからこそ、あの場に刺客がつけられていた」
「なるほど、本当ならスタンレーで脅すつもりだったわけか」
しかし、エルズは情報を知りながらも、解せないといった様子だった。
彼女が知るブランドーであれば、この提案を撥ねのける事はなかっただろう。
いくらプライドが高いといえ、それだけで当たりくじを捨てるような真似はしないはずだ。
「貴族は何を考えているか、分かったもんじゃねえな」
「ええ、全くね」
そう言いながらも、彼女は一つの可能性を見ていた。
エルズが《闇の太陽》である、ということは広く知られているわけではない。だが、彼女が想像を絶する幻術使いである、ということだけは彼も理解していることだろう。
わざと協力を引き延ばし、その利点を語らせたというのは、黒幕の存在を明らかにする為だったのではないか――彼女はそう考えていた。
事実、組織がスタンレーを使者によこしている以上、本案件の重要度が高いことは明白である。
「(そうじゃなくても、エルズはそうだって信じたい。ティアの綺麗事が誰かを変えられたって)」
魔女の荒んだ心は、僅かだが落ち着きを見せた。相棒が何をしてきて、自分に何を託したのか――彼女の軌跡から、それを理解したのだろう。
「それで、教会の内情はどうなってるんだ?」
「ええ、それが本題よ」
エルズは冒険者としての顔に戻り、知り得た情報を話すべく、言葉を紡いだ。
「このミスティルフォードを貶めようとしているのは、闇の国じゃない」
「ああ」
「エルズ達の本当の敵は――イーヴィルエンター。組織と呼ばれるそれは、教会さえも利用していたのよ」
 




