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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
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17j

「えっ……」


 術は確かに発動され、その役目を果たしていた。

 しかし、彼女は生きていた。意識は明瞭であり、肉体に痛みは存在しなかった。


 不意に目を閉じてしまった彼女は、恐れを恥じるように瞼を開けた。

 直後、倒れたブランドーが視界に入り、エルズはわけが分からなくなった。


「……なん――仲間割れ?」


 容易に想定できる状況ではあるが、そのはずがなかった。

 彼は明らかに射線上にはおらず、少し前までは座り込んでいたのだ。それがわざわざエルズの前に来るはずもなく、それを予想する(すべ)があるはずもない。


「すまな……かった」

「……」

「恨まれて……当然の相手に、助けられながらも……礼すら述べられず……すまなかった」

「いまさら……いまさら何を言うのよ」

「……私は、盲目だった。違えていたことを……認めたくなかった。だが……だが、あの少女は――そんな、私を……」

「なんで今更、そんなこと言うのよ! もう……もう遅いのよ! もう、ティアは――」


 エルズは言葉を失った。

 本当に、全てが遅かったのだ。


 もし、この場にティアがいればどうなっていただろうか。

 もし、こうなる前に言葉を聞けていれば、どうなっていただろうか。


 渡り鳥が行った善行はただの愚行ではなく、悪人を改心させるに至るものだった。

 ただ、それを知ったのは全てが終わった後だった。

 ティアは感謝されることも、謝罪されることもなかった。本来聞くべき当人が、この場にはいなかった。


 そしてエルズもまた、相棒の行為が意味のあるものだと気付けていれば、彼と和解する機会もあっただろう。


「……そこか」


 防御を()いた瞬間、切断者の炎はクローゼットを焼いた。

 まるで虫の巣を(いぶ)したように、ライオネル領主はそこから抜け出してくる。

 その体は発火こそしていないが、余裕のない鬼気迫った形相で掃除烏一同を睨んでいた。


「エルズ、どういうことだ?」ウルスは敵を睨みながら聞く。

「……そこのは、ただの偽物よ。ただ、ほとんど本物と変わらない精巧(せいこう)な偽物」

「ってことは、あいつの置き土産か」


 偽身分裂(デコイヴィジョン)、スタンレーが保有する《秘術》の一つだ。

 能力は本物と同じであり、自分の体を動かすように命令を行うこともできる。

 それ故に、経験豊富なウルスでさえ気付かなかった。魔力の配分に至るまで、完全に人間のそれなのだ。

 その上、当人が魔力を最大限に抑え、必殺の機会を窺っていたとなると対処のしようがない。


「精神がないと気付いた時には、もう手遅れだったわ」

「……なるほどな」


 その言葉は、ムーア敗北に納得ができた、という意味でも発せられていた。

 とはいえ、カウンターではなく無力化である。危険を承知で調べていれば、眼前の敵が偽物であることに気付き、対策も練れたはずだ。

 疲弊していた彼にそれを要求するのも、酷というものだが。


「さて、これで本当に終わりだ」

「くぅっ……」


 ライオネル領主は手を挙げ、降参の意を示した。もはや、勝ち目がないと悟ったのだろう。

 しかし、エルズは粛々(しゅくしゅく)と仮面を装着し、すぐに外した。


「エルズ?」


 問われるが、彼女は首を横に振った。


「仕方ねぇな、痛い目をみてもらうしかねぇよな」

「な……降参した相手を痛めつけるというのか!? 冒険者風情が貴族にそのような真似をして、ただで済むと思うのか!」


 切断者は少し考えた後、背を向けた。

 魔女の顔をみた彼は何かに気付いたように、そのまま部屋の外に向かって歩み出す。


「……よし、撤収だ」

「えっ、いいんですか?」


 若輩冒険者は貴族とウルスの顔を見合わせる。

 だが、ベテラン冒険者は「構わねぇよ、さっさと帰るぞ」と部屋を出て行った。

 クオークは立ち止まっているエルズを見つめ、彼女が私刑を行うのではないか、と警戒した――が、魔女もまた切断者に続いた。

 釈然としないまま、ライオネル領主を一瞥をし、彼もまた二人の後を追った。


「フン、冒険者風情が粋がりよって……この私を邪魔できる者など、いるはずもない。あの善大王でさえ――」


 言葉を最後まで紡ぐことなく、彼は絶命した。



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