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「あんまり変わらないんだな、当たり前だけど」
「いつ頃戻る?」女は問う。
「そんなに時間はかからない。それに、帰りはティアにでも案内してもらう」
そう言うと、女はそっけない表情をして、その場を立ち去った。
「ティアはどこだろうな……」
「この里にはいないみたい」
フィアはあっさり言い当てる。
「み、たいだな……よし、じゃあとりあえず探しにいくか」
魔力の探知はフィア、少女の居場所を突き止める能力は善大王が。完璧な布陣での捜索だっただけに、すぐティアは見つかった。
「お、いたいた」
木陰に隠れ、善大王はティアの様子を確認した。
そこでは、ガムラオルスが木製の剣が構え、ティアと模擬戦闘を行っていた。
「ガムラン、攻撃が浅いよ」
ティアは命中の瞬間に紙一重で回避し、蹴り技を背中に打ち込んでガムラオルスを地面に叩きつけた。
「手加減をしてくださいよ……」と、起き上がりながらガムラオルス。
「えーしてるよ。それに、ガムランとは本気で戦いたいもん」
子供同士仲がいい。兄弟のような、小さな恋人のような、そんな関係だと善大王は思った。
善大王はふと、フィアが割り込んでくると考え、止めようとした。
「ティアの恋人かな?」
恋愛事情に関しては強い関心があるらしく、フィアは善大王と一緒に隠れながら様子を見ていた。
相手はティアより三歳ほど年上らしく、体格差などは比較的大きい。それでも、実力は結構開いているようだ。
「もう一度、お願いします」
「うん、いいよ」
二人の戦いを見て、彼は評価を下していた。
ティアは言うまでもなく、完璧な戦闘だ。
だが、ガムラオルスが劣っているわけではない。単純な実力だけで見れば、上級冒険者にも引けを取らない動きをしている。
「(なんというか、哀れだな。才能も実力もあるが、ティアが相手じゃ見劣りする)」
そろそろ話しかけようかとしていた時、善大王は足を止めた。
「次に私が勝ったら、今日はデートしようね」
ほー、と感心し、善大王は空気を呼んで木陰に戻る。フィアは目を輝かせて二人の様子を見ていた。
「なら、負けられませんね」
かけ声もなく、ガムラオルスが先行する。
第一撃目はあっさりと回避され、ティアは反撃に移る。
さすがに何度もやられて学習したらしく、かなり無理な体勢で避け、《魔導式》を展開した。
「(本気か……男としてのプライドか、それともティアが嫌いなのか)」
当然、少女ではないのでガムラオルスの心は読めない。
フィアなら読めるかもしれないが、恋愛大好き人間の彼女がそれを先読みするような真似はしないだろう。
「絶対デートするの!」
突進してくるティアに対し、ガムラオルスは木に飛び乗り、攻撃を避けていく。
ティアの重い一撃が放たれる毎に木の枝がなぎ倒されていき、鳥などが一斉に避難を開始した。
「《風ノ六十九番・鎌鼬》」
風の刃がティアに向かうが、その軌道を読み、白刃取りのように親指と一差し指で掴んだ。
「(ティアはガムラオルスの戦闘パターンをほとんど読んでいるな。これなら勝負は決まりか)」
事実、ティアは善大王の読みの通り、ガムラオルスの全てを経験で知っていた。
だからこそ、特殊な事態が起きない限りは確定した試合のはずだった。
「……本気、ですか」
刹那、ガムラオルスが身につけていた肩当てが薄緑色の光を放った。いや、正しくは肩当てに填められた大きな宝玉からだ。
ティアは回避ではなく、防御行動を取る。その攻撃が危険だと察知しているからこその行動であり、回避は不可能と察したからこそのものだ。
両肩より薄緑色の光が放たれ、ティアの足に命中する。威力の制限が利いていないのか、細く白い足に朱色が差し、ティアは地面に転がった。
心配して駆け寄るかと思いきや、ガムラオルスは木剣を構えたまま、ティアの首筋に突きつける。
「私の、勝ちですね」
大人しく観念したらしく、ティアは両手を挙げた。
「やっぱり、ガムランは強いなぁ」
善大王は息を飲み、その戦いを見ていた。フィアはというと、デートが失敗に終わり、残念そうな顔をしていた。
「(ティアに不調はなかった。だが、あの最後の一発は予測外からの一撃だった、か)」
ティアを組み敷く方法、と考えかけた善大王だったが、すぐに意見を取り消す。
言ってしまえば、今の戦いは完全なラッキーパンチ。完全に全てを見通している相手との戦いという前提があり、油断があったからこそ負けた。
自分と戦えばその油断はなく、手を知り尽くしていないからこそ、まさかの可能性にも目をつぶらない。そう、善大王は考えていた。
「立てますか?」
ガムラオルスはティアに手を伸ばす。試合に勝ちこそしたが、単純に意地悪というわけではないらしい。
「ガムランの……ガムランの馬鹿ぁああああああさいてええええええええええ」
叫びながら、ティアは巨木によじ登り、どこかへと跳び去っていってしまった。
困り果てたようなガムラオルス一人を残し。