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思考を巡らせるウルスとは正反対に、エルズは因縁のある相手の方を見ていた。
このオーダ城の城主であり、多くの傘下貴族を持つ者。かつてティアを苦しめたブランドーだ。
「(こいつも教会と関わっていたってことは……ティアもその狙いで?)」
当時の誘拐事件、ティアの監禁など、全てが教会の差し金だったのではないか――と、彼女は考えていた。
しかし、それは間違っている。事実、善大王も彼が組織の関係者ではないとし、接触を図っていないほどだ。
ただ、それは調べた善大王だからこそ分かること。この場のエルズからすれば、憎き相手の所行を補強する要因があれば、喜んで食いつくことだろう。
「(やっぱり、ティアはお人好しすぎるよ。あの時にこいつを見捨てていれば……)」
あの時――それは戦中にオーダ城へと救援に向かい、彼を助けたことだった。
最も苦しめられたティアが自ら進んで行動したのだから、エルズが制止できるはずもなかった。
ただ、それは後悔でしかない。助けてもなお、彼から直接の謝罪は受けていないのだ。
「(……ちっとも反省できてないわね。ここで我を忘れたら、さっきと同じじゃない――この現実から目をそらしたりしない)」
彼女は冷静さを取り戻し、せっかちな気持ちを抑えた。
「善大王を騙したのは、教会からの命令か?」
「……そうだ」
「なるほど。どうやら完全にクロらしい、エルズ……調べろ」
最初の時点でクロではあったのだが、この問答で神器を使用していい、と確信したようだ。
彼らを平和的に裁こうというわけではないのだ。真実を引きずり出せれば、それだけで十分である。
エルズは指示に従い、仮面を装着した。そして、能力を発動させた――が。
「……! オッサン、クオーク! 防御して!」
「えっ、え……なんで――」
「チィッ!」
困惑しているクオークを守るように、赤い炎が壁のように吹き上がるが、エルズは防御の範囲外である。
もちろん、魔女が素人のはずもなく、警告と同時に自身で回避行動を取っていたのだ。
「《闇ノ二百四十四番・奪命刺殺》」
刹那、闇属性の魔力が周囲に散布され、術の発動が確定した。
音もなく、鋭い藍色の光線がエルズを狙い、放たれた。いや、正確には彼女が逃げようとしていた位置だ。
この土壇場、切断者は読み違えた。エルズの実力を信じたが故に、無防備なクオークの防御に入ったが、そもそもこの場で最も害となるのはエルズだったのだ。
彼女さえ撃破すれば、情報を秘匿する手段はいくらでもある。
「(パパ、ママ……ティア、ごめん)」
エルズは死を覚悟した。他の誰でもなく、闇の術者である彼女だからこそ、この攻撃だけは回避できないと察したのだ。
耳を澄まさなければ聞こえないほどの微少な音が――人体が貫かれた音が、彼女の耳に届いた。




