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「ウルスさん……」
「いや、あいつは本命じゃない。退けることができただけで上出来だ」
最後っ屁のように《秘術》を使われたが、その効力は術者が離れたことによって、無力化されていた。
「(あれはムーアの《秘術》……本気の奴を倒した、ということなのか?)」
エルズと違い、ムーアは《邪魂面》を完全に使いこなしていた。そんな彼と対峙する者は、確実に敗北することになる。
勝ち目があるとすれば、奇襲――もしくは、発動させるよりも早く倒す以外にはないのだ。
ただ、《秘術》が発動された時点で奇襲ではなく、速攻で撃破したというわけでもない。
「(そもそも、奴はエルズの《邪魂面》には気付いていなかった……それで勝利したのは、どういうことだ)」
同じ旧世代組として、彼はムーアの実力を把握していた。だからこそ、敗北という結果がどう考えてもあり得ない、という結論にしか辿りつかないのだ。
しかし、それもそのはずである。彼はあの戦いの前、《聖魂釘》によって暴走した善大王と神器なしで戦ったのだ。
もしも万全であれば、ウルスのように相手の手札を探り、仮面による瞬間決着も成っていたことだろう。
「さっさと用事を済ませるわ」
「……そう、だな」
立ち直りを見せていたエルズにつられるように、ウルスも調子を整えた。
激しい戦いが行われていたにもかかわらず、二人の貴族はそれらしい反応をみせなかった。
その不可解さに気付いてもおかしくないところだったが、彼もまた疲労していた。
扉を開け、部屋の中に入った瞬間、ライオネル領主は飛び上がる勢いで立ち上がった。
「まさか……組織の使者が敗れるとは……」
組織、という単語が出たが、三人はこれを教会だと判断して気に留めなかった。
「読みを違えたな。奴があれだけ時間稼ぎをしていたんだ、逃げようとすりゃできただろうに」
「くっ……」
彼がこの場に至るまでに、何かしらの反撃策を講じていないことは明白だった。
なにより、この場にエルズがいるというのが強かった。彼女は相手の意思を無視し、情報を引きずり出すことができる。
情報を抱えたまま死ぬということも、完全に封じ込められた。
「ぶっ潰すかどうかは……この際後回しだ。あんたには聞かなきゃならないことがある――教会が闇の国と連んでいる、というのは事実か?」
「……」
「答えなければ、ここで焼く」
「……事実、だ」
言質を得たと同時に、切断者はミスティルフォードの現状……その深刻さを知らしめられた。
この発言一つであれば、ただ教会が悪いという単純な見解に帰結できるが、スタンレーの明かした情報で事は大きく広がった。
冒険者ギルド、盗賊ギルド。二つの勢力もまた、闇の国に組しているという事実が確定されてしまったのだ。
「(冒険者の威光が拡張されたのも、奴らの狙い通りか)」
ウルスは教会の――組織の狙いに気付き始めていた。
この大規模な戦争は各国に多大な被害をもたらし、その一方で冒険者は大きな躍進を見せていた。無論、被害は甚大であるが、それ以上の見返りが存在していた。
教会も同じである。それまでは一部の者が熱心に信仰していたそれは、いまや大陸人にとっても心のよりどころとなっている。
「(この戦争で割を食ったのは国家……利益を得ているのは、国家とは別の勢力――冒険者の権威が高まっているのは、戦後の治安維持機構として運用する為か?)」
彼の想定の行く先はつまり――国家という枠組みを取り外した、ある種の世界統一だった。
国家や巫女という、均衡を保つ存在の消失――その対応まで見据えているとなると、状況は想像以上に悪いことが分かる。




