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鼠の名に反する戦闘方法だが、相手はノーガードでの一方的な攻撃を是としている。
これは近接型からすれば圧倒的不利での戦いを要求され、術者でさえ半端な術では突破することさえ叶わないときている。
だが、彼のもとで戦っていたオキビがそれを知らないはずがなかった。
瞬間、ベイジュの体は突如として発火し、鎧の内側から勢いよく火炎を吹き出させた。
いくら最高峰の防御力を持つ者であれ、このように位置を無視した攻撃を行われれば、対応することは不可能。
そしてそれは、《竜牙刃の鼠》にしても例外ではない。その上、この攻略法はこの土壇場で思いついたわけではなく――過去に、同様の手段で下したのだ。
「(勝負付けは終わっていた。だが、《選ばれし三柱》でもなく、ここまで戦える奴は珍しかった――あの雷親父への反抗心もあったがな)」
多くの経験を持つウルスにしても、当時のベイジュに対して思うところは多かった。
天の国は術者のエリート達が集っており、凄いのははじめから分かっていた。
光の国にしても、ノーブルの技術こそ凄まじいものではあったが、彼に勝利できる資質を持った者はいなかったのだ。
しかし、この盗賊ギルドのボスだけは違っていた。明確な資質を持たず、術の冴えがあるというわけでもなく――ただ単純に強かったのだ。
その結果はウルスの勝利で終わったが、それでも《火の太陽》が自身の能力を使うに至った時点で、勝負ではなく戦いになっていた。
発火した死人は倒れたが、切断者はなんの未練もなくその横を通り抜け、術者であるスタンレーに接近していく。
「(クソガキ、これが戦うということだ。私情に囚われてる限りは、勝ちはねぇよ)」
彼は自身の行動をもってして、エルズにそれを教えようとしていた。当人がそれを理解していたかは定かではないが、それでも彼は口にすることもなく、行動で示したのだ。
――良くも悪くも、ウルスは古いタイプの人間なのだ。手取り足取りで教えるようなことはしない。
「容赦のない男だ」
「それを言うなら、お前は嫌味な男だな」
手に炎を溜めたのを見てか、スタンレーは口許を緩めた。
しかし、《紅蓮の切断者》が正面から勝負するはずがなかった。相手が手を打っていると分かれば、それを外した状態で打ち倒す。
手のひらは標的ではなく、後方に向けられた。これでは圧縮した炎も、攻撃に用いることはできない。
この時点で、司書は気付いていた。あの前兆が攻撃目的ではなく、別のところにあると。
刹那、ウルスの動きは急加速し、まさに一瞬という時間の内にスタンレーの射程へと突入した。
覚悟こそ決めていたが、この速度までは想定外だったらしく、司書は彼最強の武器である《秘術》を振るわなかった。
切断者の拳――強化の成されていない、ただの徒手空拳に対し、導力を纏った拳で迎え撃つ。
「なるほどな、やっぱり物理は通るってことだな」
小さな爆発が起き、二人の使い手は吹っ飛ばされた。
無論、着地や衝撃は逃しきっているが、距離は開かれている。そして、素手だったはずのウルスは無傷でこの場を切り抜けた。
「防御行動を取ったら、虎の子は使えないみたいだな」
「……予定調和だ」
強がりのようにも聞こえるが、スタンレーは焦る様子もなく、詠唱を開始した。
「もとの場所に引き返しやがれ《反射追尾》」
彼は初めて、この術を詠唱してみせた。本来、こうした補助系の術は事前に用意しておき、奇襲性を高めるのが常だ。
しかし、この場ではそうも言っていられない。手札を隠す余裕があるのは、格下が相手の時だけである。
「反射追尾か。思った通り、反撃系か」
「……」
「見る限りは術――もしくは導力に反応して仕返しをする効果か。だが、お前が防御行動を取った時点で解除されるみてぇだな。なら、こっちのパーティには有効じゃねえぞ」
反撃系、という用語を使っているが、そのような術はそこまで多くはない。
光ノ百十一番・星粒壁など該当するが、そうした当該術にしても発生時間は限られ、視覚化されているのが常である。
不可視、それもほぼ永続の効果ともなると、奇襲性能の高さは究極である。
「エルズ、クオーク、そっちはお前らに任せる。俺はこいつをぶっ倒す」
「は、はい!」クオークは《魔導式》を組みながら答える。
エルズからの返事がないことにすぐ気付くが、それでも彼は何も言わなかった。
「あの腰抜けに《闇の太陽》を任せるか」
「ふん、あいつはやるときはやる奴だ。それに、あのクソガキもな」




