8s
「オキビ、足手まといを抱えながら戦えるか?」
「ッ――」
焦土師は迷うこともなく、炎を放った。
燃えさかる赤い炎はエルズの身を焼き、確かな熱感を彼女に与えた。
皮膚を伝わる痛みに気付き、魔女は地面に転がった。咄嗟に火を消そうとする辺り、彼女は冷静さを取り戻したらしい。
「ほう、さすがは《焦土師》。おれを直接狙わず、仮面の娘を助けにいったか」
「……お前のことは少なからず知っている。ガキの頃でさえ、お前から強い力を感じていたからな――《秘匿の司書》なんて大仰な異名が付いた時には、俺の目に狂いがないと思ったくらいだ」
「知っていたか」
「今ここで見てから、確信に至ったって話だ。どうせ、俺の攻撃を防ぐ《秘術》も発動しているんだろ?」
司書は鼻で笑うだけにとどめ、実情については語らなかった。
それでも確信を維持したまま、消火を終えたエルズに視線を向けた。
「エルズ、こいつは多種多様な《秘術》を使う相手だ。直線的な攻撃はなんの意味もねぇぞ」
「……ええ」
憤りは消えていないが、それでも状況の判断を違えるほどではなくなっていた。
「おいクオーク、お前も支援だ」
「あっ、はい!」
それまで呆然としていたクオークも、この命令で我を取り戻し、急ぐように《魔導式》を展開し始める。
「楽な仕事と聞いていたが、これはこれで面白い戦いかもしれん」
「楽しむ余裕なんて与えないわ――ウルス、こいつは殺していいのよね」
「……なるべくは穏便にだが――その気で挑め」
この場の全員が全員、少なからず関わりを持ってはいた――が、明確に手札が割れているというわけではない。
ウルスは頭角を現す以前の彼を知っているのみであり、若者組の二人は直接の面識さえない。
それに対し、スタンレーは圧倒的な優位にある。盗賊時代のウルスを知っている以上、彼の戦術も承知の上だろう。
クオークもエルズも、その親や祖父を知っている以上、知識の大部分を流用することができる。
無論、これは切断者も魔女も理解していることであり、なるべく攻撃の手を変えた戦い方をすべき――という判断をするに至っていた。
――だが、二人は読み違えていた。この場で状況を覆しうる存在は、臆病な天属性使いだけなのだ。
先んじたのは、ウルスだった。近接型ではないのだが、この場では彼が先制を取る他になかった。
もちろん、スタンレーが近接での攻防をよしとするはずもなく、詠唱文を口にした。
「俺様の一撃を受けてみろ《圧殺の一撃》」
《魔導式》が一つもない状態にもかかわらず、《秘術》が発動された。
「やらせるかッ!」
打ち合いであれば問題はないと判断したのか、切断者は赤色の炎を腕に纏わせ、斬撃のような動作に合わせて放った。
しかし、その炎は何かに衝突し、僅かな抵抗力さえ発揮できずに四散した。
「ッ――エルズ、避けろ」
「……分かったわ」
経験の差か、エルズは反応を僅かに遅れさせ、声掛けでようやく行動に移った。
前転でその場から素早く逃れるが、その瞬間に彼女は感じ取った。空間の歪み――不可視の空気弾が通り抜けた、という感触を。
「風属性の《秘術》……っ」
「いや、ありゃそんな生ぬるいもんじゃねえよ。俺の炎に干渉されるまでもなく突破したってことは……間違いなく、空間に介入する術だ」
魔女でさえ見切れなかった術の性質を、ただの一回で看破してみせた。
これにはスタンレーも驚いたらしく「驚いたな。このおれでさえ、術の仕組みを知る為に難儀したものだが」と素直に評価してみせた。
《秘術》を盗みながらも、その効果が分からないというのは奇妙にも聞こえるが、それも仕方のないことである。
彼は術に必要な《魔導式》、導力配分を寸分の狂いもなく模倣し、実行しているのだ。その《秘術》が作り出された経緯、願いについては知るはずもない。
「そんなやべぇ術を開発した奴がいるとはな」
「最強の破壊力を持つ《秘術》、という謳い文句によって狩ったが――思わぬ収穫だった」
「だがまぁ、手の内が分かりゃ対策すんのは難しくねぇ――エルズ、クオーク、この戦いの最中は導力を放出し続けろ。言っておくが、出し惜しみはナシだ」
空間に干渉する、という言葉を理解できない二人だったが、この警告には素直に従った。
そもそも、これを知っている彼が異常なのだ。
だが、《天の太陽》が師匠であったならば――当時からウルスを《選ばれし三柱》と判断していたのであれば、存在や対策について教えていてもおかしくはない。




