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――光の国、ライトロード城にて……。
宰相シナヴァリアの更迭後、光の国は不穏な空気が漂い始めていた。
戦況については、宰相の打った手によって横ばい。防衛戦術を特化した戦い方により、兵の消耗についても小規模に抑えられていた。
ただ、戦略を知らないタグラムにとって、前宰相のやり方は甘いとしか評価できなかったようだ。
第二位、第三位の司令官が同時に抜け落ち、彼が暫定的な最高司令官に上り詰めることになったが――それが状況の悪化を加速させた。
彼は民に重税を掛け、軍資金の調達に走ったのだ。彼が普通の貴族であれば、私腹を肥やす為に行うのだが、知っての通り彼は善大王――権威を第一とする原理主義者であった。
兵の装備、慰安に金を回し、戦況の好転を図った。
これ自体は悪手のように思えないのだが、なにぶん彼は状況が見えていなかった。
善大王の圧倒的な殲滅力を考えるならば、ただの兵が行うのは時間稼ぎが最適である。事実、ライトロード軍ではそのように教えられていた。
しかし、神皇派の統制下では、魔物は優先的に撃破するべきという方針に転化した。
その結果はというと、最初に横ばいと言った通り、実を結んでいない。いくら精神状態や装備が充実したからといって、それで魔物という怪物に圧倒的な優位を作れるはずがない。
――むしろ、民の金を食いつぶすという選択は長期的には、大きな問題を生み出すことになる。
宰相シナヴァリアが売国奴であり、血税を保身の為に使った――という風評によって、貴族に対する不満は最高潮に高まっている。
その状況下で重税を課そうものなら、新体制の神皇派主導のやり方もまた、悪政であると――私利私欲によるものだと思われて当然である。
言ってしまえば、タグラムの戦略は宰相を打ち落とすには最適な手ではあったが、それ以降に首を絞めることになる策だった。
そうした状況になり、アルマは会議に招かれることになった。
神皇派と巫女、とは対照的な立場にありそうなものだが、実のところはそうでもない。
巫女はライトロードにとって、中立な存在――全派閥共通で、かなりの地位を持つ人間である。
だからこそ、神皇派も頼りたくなれば平気で頼る。ここまで悪化するまで助けを求めなかったのは、正統派に対する反抗心が大きかったのだろう。
「――ということでして、巫女様には民を説得していただきたいのです」
「でも、それってお金を取らなかったら解決するんじゃないかなぁ……」
さすがのアルマであっても、現状の迷走を解決する手段はあっさり思いついた。
ただし、それは文字通りの解決策であり、実行してしまえば自身の策が問題であることを認めることになる。
もちろん、タグラムはただ無能な男ではない。失策であることは既に分かっており、その上で解決方法を同様に導き出していた。
ただ、それは実行できない。
彼のプライドもさることながら、現最高司令官が最初から躓いた――ともなれば、国はさらに大きな混乱に呑まれることになる。
ここでは彼の意地が強いものの、アルマの言うような手はシナヴァリアが補佐に付いていたとしても、否定的であっただろう。
「巫女様、前線の状況は知ってのことかと」
「みんな大変なのは分かるけど……でも、国民まで大変にしたら、もっと困っちゃうよぉ!」
「……もちろん、私としてもそれは望ましくないものです。ですが、指導者を欠いたライトロードが生き残るならば、こうするほかにはないのです――巫女様、あなたが民を宥めてくれさえすれば、それで解決するはずです」
宥める、という表現を使っている時点で、彼自身が理想的な指導者ではないことは明らかだった。
本質的に、彼は騒ぎ立てる者達を障害としか認知していない。ただ、その障害が味方をしない限り、国は万全の力を振るうことはできない。
この件については、アルマの方が良く理解していた。タグラムは前線を知ってはいるが、それは盤上の図としてのもの。
だが、光の巫女は前線に赴いては、その一兵とも積極的に関わってきたのだ。
集団の維持の重要性については、それこそ現首脳陣の誰よりも造詣が深いことだろう。
「みんなが困ってるんだから、絶対によくないのぉ」
「……巫女様、これは必要経費なのですよ。更迭された宰相殿が散財したことにより、国庫は危機的な状況に陥っています。民の苦しみは心得ていますが、そうしなければ立ちゆかないのです」
一見それらしいことを言っているように聞こえるが、これもまた方便でしかない。
シナヴァリアは国庫金の大部分を使用したが、それでもライトロード軍部門の予算は別途確保してある。
生活基盤の維持についても、最低限のレベルであれば一年ほどは耐えきれる程度には、国庫に残っているのだ。
つまり、予算不足はあり得ない。あのシナヴァリアが後続に託すことを覚悟していた以上、切迫した状況でバトンを渡すはずがないのだ。
最悪の状況に転んだとしても、やりくりすれば十分に回せる量を確保していたのだ。
ただし、金が足りないというのはあながち嘘でもない。
最上級のカリスマを持つ善大王、恐怖による支配――軍人からは純粋な信望を集めていたが――を行う宰相シナヴァリアなどと比べ、タグラムは一派閥の首魁でしかない。
ただの貴族としては十分すぎる地位だが、光の国という国家規模の運営には力不足が否めない。
その上、公僕である《騎士団》からすれば、一貴族に従うなど望ましいものではないのだ。
挙句に、軍人の多くが前宰相の手腕を高く評価していただけに、素人貴族の参入をよしとしなかった。
かくして、シナヴァリアと同じように金を使うことで、どうにか線を繋いでいるという状態なのだ。
他国に流していた彼とでは立場は違うが、あれほどまでに批判した方法と近いやり方で人心を繋ごうとするとは――皮肉なものである。
「みんなが困るようなことの協力はしたくないよぉ……ごめんね」
「……そう、ですか。いえ、こちらこそお時間を取らせてしまいましたね」
アルマはペコリと頭を下げると、足早に部屋の外へと出て行った。
無責任といえば無責任だが、彼女は中立の存在である。民の意見と最も対照の位置にあるタグラムの案に賛同するなど、最もあり得ないことだった。




