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――水の国、クロアの村にて……。
「――本当か?」
『はい』
シアンからの通信を受け、善大王は頭を抱えた。
カルテミナ大陸攻略戦の成功は、彼にとってうれしい報告だった。
当初予定されていた二人の最高戦力の喪失が、作戦を傾けかねないと危惧していたからだ。
しかし、それと同時にライカの件が伝えられたというのだから、成功の喜びに浸る余裕はなかった。
この激戦で巫女が失われる危険性は、当然ながら考慮されていた。しかし、それが実際に起きたとなると、状況は相当に重くなる。
善大王ほどの先見性のある人物が、巫女の喪失によって生まれる国家間均衡の崩壊を、分からないはずがないのだ。
「(まんまと組織の連中にやられたわけか……俺があの吸血鬼に負けていなければ、この問題は対処できたはずだ。フレイアの件についても、俺さえいればどうにかできた)」
傲慢のように聞こえるが、実際に彼がいれば解決していたのだ。
善大王率いる人類同盟とし、夢幻王の軍船を沈めたとなれば、国はともかく民側の意識が大きく変化する。
それこそ、彼が真の善大王となり、人類全てをほぼ自由に運用できるようになるのだ。そうなりさえすれば、勝利に王手が掛かっていた。
だが、あの戦いを三国同盟で切り抜けてしまった以上、意識はこれまでと変わらない。飽くまでも軍が敵を打ち倒した、という程度だ。
国という枠組みから外れることはなく、自国を重視する考えは変わらない。
そうならずとも、フレイア王が明確な指針を伝える前ならば、彼が説得することも可能だっただろう。
火の国としての方向性を明確にし、王としての決定にした以上、それを曲げるのは不可能といってもいい。
トニーが行った妨害が、人類側を大きく停滞させたのだ。
『わたしの失策です』
「……いや、シアンは悪くない。むしろ、俺とフィアがいけない状態でどうにかしてくれたこと、本当に感謝している」
重要な局面で対処しきれなかったシアンだが、彼の言うとおり、彼女は常人ではあり得ないほどの活躍をしているのだ。これ以上を要求するのは贅沢というものである。
「ライト、私が《星》の力を使えば解決するんじゃないかな?」
「……そうか。それでライカと接触が図れれば、状況が打開できるかもしれない」
唐突に割り込んできたフィアだったが、その発言はこの場を一転させかねない、最善の一手だった。
『フィアちゃんの力ですか』
「ああ、試して損はないんだ。とりあえずそちらから実行してしよう」
そう言うと、善大王はフィアに視線を送り、後を託した。
彼女は小さく頷くと、目を閉じた。
「…………」
長い沈黙の後、彼女が目を開けた。
「駄目みたいなの。ライカを呼ぼうとしても、まるで聞こえてないみたいな感じで……」
「生きているのか?」
「うん、それは間違いないと思う。でも、生きてるならなんで――」
『闇の国に情報を遮断する場所があるのでは?』とシアン。
「ううん、私の力は人の技術じゃ対処できないはずなの。《天の星》が世界を管理する役割なんだから、もし対抗する力が生まれたら、神様が新しい力をくれるはずだし」
この辺りは善大王にはまったく分からないところだが、心理透視などを見る限り、人がどうにかできるレベルではないことは理解できていた。
ただの読心術であれば、心を閉ざす修行をしていれば対処可能だが、フィアの場合はその人間に流れている時間さえも見ることができるのだ。
所謂、心を閉ざす一瞬前に遡って覗くことも可能。いや、その人物さえも忘れている過去でさえ、調べ上げることができるのだ。
そうした力の対抗術など、それこそ神の領域に立たない限り知ることはできないだろう。
「ってなると、ライカの救出に向かわなきゃならないってことだな」
「ライト、なんかひどい言い方だね」
「……そりゃな。国がバラバラの状態で敵の本土襲撃だぞ。これがどんだけ難しいかはフィアでも分かるだろ」
幸い、水の国との連携は生きているのだが、雷の国はフレイア王の動きによって切れたも同然だろう。
だが、国一つで押し勝てるほど、相手は弱くない。そもそも、あちらは一国という国力に限らず、魔物という驚異の戦力を味方にしているのだ。
「……シアン、しばらく待たせてもいいか?」
『何か手があるのですか?』
「そんな明確なもんじゃないがな。少なくとも、水の国一つに任せるよりはマシになる方法のはずだ」
「ティアに頼むってこと?」
お気楽な姫は当たり前のように言うが、善大王の反応は芳しくなかった。
「確かにティアの力が――《風の一族》の力が借りれれば楽になるが、今はその段階じゃない。向こうさんも船での戦いなんて不慣れだろうしな」
「えっ……じゃあ誰?」
『光の国、ですか』
「そういうことだ」
フィアはしばらくぼけーっとしていたが、彼が肯定したことを認識した瞬間、焦るように頷いた。
「ついでに、天の国を引き込めないかを画策してくる。天の国が加われば、二国分の欠けは補填できるはずだ」
『ですね。攻め込むのであれば、数もそうですが質の高さも重要ですから』
「……あー! なるほど、ティア達じゃ数が少ないから駄目ってことだね」
今更気付いたのか、と言いたげに少女の顔を見た後、何事もなかったように彼は会話を続行した。
「それに、光の国には《風の一族》の族長に連なる男がいる。ま、任せてくれ」




