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ライカの体が僅かに焦げた瞬間、彼女の手から放たれていた紫電は炎の如き性質へと変化した。
それを視認するまでもなく――いや、彼女はそれを観測していた。
視野の外からも十分に見える、紫色の煌めき。純粋で混じりけのない雷属性、死の淵の人間が放つ命の輝きを。
変化の瞬間に電撃姫の手は超高温の斬撃に触れ、その軌道をほんの僅かだが逸らした。
奇跡のような反撃だが、未だに使い慣れていない力なせいか、彼女の体は後方に向かって――軌道とは逆の方向にはじき飛ばされた。
魔剣の一撃は先ほどまでとは比べものにならない威力で、木々を、空を裂き、海上へと流れていった。
ライカはというと、すりむけた左手で地面を擦り、転倒することなく両足を地面につけた。
「(なんか主戦場の方に飛んでったけど、まーどーにかなるっしょ)」
彼女はこんなことを言っているが、あの砲撃の行く先はフォルティス艦がいたのだ。
幸い、その乗船員がカイトであった為に迎撃には成功していたが、かなり危険な行動だった。
とはいえ、ライカはやってのけた。あの土壇場、それも考える時間さえ与えられないような状況で――最大出力と思われる磁力の突きを凌ぎきった。
「……こっちが電撃を浴びせない限り、撃ってこないはず……だし」
そう言いながらも、警戒心を強めていた彼女は屈んでいた体を起こすと、痛みに耐えながら魔剣へと迫った。
《星》の痛覚遮断も、あのような地摺りでは発動しなかったらしい。そもそも、彼女らが人間として生きていける辺り、その発動基準がかなり厳しいのは当然のことだ。
だが、痛みの根源があのブレーキングによるものだとしても、彼女の体が負ったダメージが小さいということにはならない。
刹那の反撃はまさに神業、というほどの凄みを持っていたが、行動自体はかなりの無謀である。
事実、魔剣の切っ先に触れた指については、完全に炭化しているほどだ。
圧縮された導力という、僅かな緩衝材がなければ、触れた瞬間に腕ごと持って行かれていたことだろう。
そのアイディア、発想の根源は言うまでもないだろう。
「それにしても……敵の技に助けられるなんて、本当に最悪だし」
《二尾の雷獣》ことライカに危機感を抱かせた、唯一の人間。第五部隊の部隊長にして、王家の生き残りであるディードだ。
彼が戦いの中で見せた導力の抵抗性、そして瀕死の際に発した未知のエネルギー。その両方があの瞬間に使われたのだ。
今の彼女が制御した力は、ライカが開発している最中の《秘術》――天使召喚には及ばないものである。
にもかかわらず、ライカはその美しさを忘れていなかった。
「(でも……アタシのじゃ、まだ足りない感じだし)」
命の輝きは、ある意味芸術品のようなものなのだろう。人間が作り出すことのできる、至高の美しさ。
だからこそ、天使の力が持つ荘厳な雰囲気――宝石のような天然ものとは、別の感動を抱いたのだろう。
磁力の魔剣の前に再び辿りついたライカは、大きく息を吸い込んだ。
「(コイツは雷属性を吸収する……なら、吸収できる限界を越えば、アタシの勝ちだし!)」
最後の最後まで、彼女は知能の低い戦い方をしていた。
飽くまでも雷属性を捨てず、正面から打ち破りに行く。その単純さがここまでの苦戦をもたらしたのだが、それでも彼女は反省しなかった。
退かず、顧みず――それは後悔せず、ということでもあるのだろう。
「最後の一発だし! 《雷の星》の極上電撃、しかと味わうし!」
全てを出し尽くすように、《魔導式》は高速で刻まれていく。
もはや余力ナシとみてか、彼女は後先を一切考えず、死に体の全力を叩き出した。
そうして完成されたのは、紛うことなき最強。ミスティルフォード最大最強の雷だった。
「《雷ノ二百五十五番・超電導雷撃》」




