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「ごめんなさい」
フィアは善大王の手を握ったまま、アルマに頭を下げていた。
「大丈夫だよ。怒ってないから。それよりも、善大王さんとは仲直りできたの?」
唇を尖らせたまま、フィアは小さく頷いた。どうにも、謝ったばかりで気恥しいらしい。
「よかったぁ。みんな仲良しの方がいいからねぇ」
アルマはぼけーっとした顔をした後、何かを思いついたかのように首を傾げた。
「そうだ! 仲直りの証に渾名をつけてあげる!」
「渾名?」
「うん。フィアちゃんが善大王さんのことをライトって呼んでるみたいに、あたしもフィアちゃんのことをふーちゃんって呼ぶの」
納得したらしく、フィアは幾度も首を縦に振り、肯定してみせた。
「じゃあ、あたしのことはあーちゃんって呼んでね」
「あーちゃん……うん、分かったわ」
二人が無事に仲直りをし、知り合いとはいえ、フィアがコミュニケーションを取れたことに安心した善大王は微笑んだ。
「ふーちゃん! じゃあ明日は、なにして遊ぼっか」
「えっと……明日は――」
「ごめんな、アルマちゃん。明日から俺とフィアは外国に向うんだよ」
フィアを引き継ぎ、善大王が告げた。
「えー! あたしも行くー!」
「アルマ――あーちゃんはこの国を守っていないとだめ」
「ふーちゃんのけちんぼ!」
悪態ではあるが、そこに険悪な雰囲気はなかった。文字通りに、仲の良い戯れ合いに見える。
「じゃあ、準備もあるから。フィア、行くぞ」
「うんっ」
手を引っ張り、善大王は執務室へと直行した。
そこには大きな背嚢が一つと、小さな手提げが一つだけ置かれていた。子供で姫ということもあり、フィアの荷持はだいぶ軽くなっている。
「宰相さんに仕事を押しつけていくの?」
「まぁそうだな。とりあえず、今ある分は全部片付けておいたが」
かなり物臭な面を持っている善大王だが、それでも今の仕事を含めて押しつけるような真似はしない。今できる最良の行動をし、その上で託している。
不真面目そうでありながらも、きちんと仕事をこなす辺りは、さすが王といったところか。
「まずはどこからいくの?」
「そうだな……とりあえずは、ティアのところにでも行くか」
「まさか、ティアのことが好きなんじゃ……」
鼻で笑い、善大王は屈みこんでフィアの額を突いた。
「再戦の約束をしていたからな。前みたいに、油断したりはしないさ……それに、ビフレスト王にお情けで見逃されたのも、早めに取り消したいところだしな」
善大王は初めからそれを意識していた。一度失敗した時点で終わり、汚点だと決めつけていたが、魔物との戦いを越えて意識に変化が訪れている。
あの時にティアが言った言葉を忘れず、今度こそ勝利することで約束を本当のものにしたい。彼は結局、プライドを捨てきれなかったのだ。
「うん、ライトが行くところだったら、どこでもついていくよ」
話が纏まった途端、善大王は咳払いをした。
「よーっし……とりあえず、準備をするか」
置かれている背嚢や手提げ袋には何も入っていない。いまから、準備をするのだ。
「とりあえずリストを作るから、必要な物を言ってくれ」
「必要なのを入れれば良いだけじゃない?」
「こういうのは確認しておくのが大事なんだ。忘れたら困るだろ?」
適当なように見えるが、善大王はこうしたところではちゃんとしている。それこそ、シナヴァリアすら驚くような几帳面さと言っても過言ではない。