10
――水の国、クロアの村にて……。
アカリが発ってから数日が経過したが、善大王の状態は良好なものとはいえなかった。
治療環境が悪い――というわけでもなかった。天の巫女が四六時中看病するなど、他国では考えられないほどの手厚い対応である。
それだけ、彼の負傷は致命的であった。
体内の血液をほとんど抜かれ、普通であれば絶命していてもおかしくない状態で放置され、さらに太陽光での浄化作業が行われたのだ。
むしろ、生きているだけでも奇跡に等しいのだ。状態が改善しないといっても、文句をつけられるはずもない。
――しかし、多少は訂正すべきだろう。フィアの看病を四六時中と述べたが、実際はかなり杜撰なものである。
「……おーい、腕が痛いんだが」
「……」
お姫様はベッドに突っ伏し、ぐっすりと眠っていた。
その頭と両腕は善大王の手を下敷きにしているのだが、当人は穏やかな表情で熟睡中と来ている。
「まったく……っても、フィアも苦労しているし、文句はいえないな」
彼は彼女の熱心な看病を知っていた。
彼が眠っている間も術での治療を行い、起きている時には食すことの可能な料理を出しているのだ。
引きこもり姫にやらせるにしては、明らかにハードな仕事である。いや、これは高貴な人種全般に言えることだ。
その感謝を示すように、彼は少女から枕を取り上げるような真似は避け、軽視できない圧迫感にも耐えた。
「(……しかし、妙だな。村人はいつになったら戻ってくる。一時的に退かされていたのであれば、もう戻ってきてもいいはずだ)」
死体が見つからなかったということで、件の吸血鬼が殺して回ったという線は消えていた。
ただ、これが偶然のものではないと、彼は確信していた。
「(ライオネルの領主が組織と連んでいた……ってことか。でもなきゃ、吸血鬼に始末させた方が早いだろうしな)」
病床に伏しているとはいえ、判断能力は普段通りに冴えていた。
しかし、それを理解したが為に、彼の悩みは大きく膨れあがる。
「(教会が組織とグルだとすれば、向こうがどうなってるか知れたものではないな)」
向こうとは、シナヴァリアに任せている光の国のことを指しているのだろう。
国王の不在でさえ大打撃だというのに、身内に間者を抱えているともなれば、その状況は絶望的と言える。
ただ、彼の身がこのような具合であり、あと少しで海上決戦が行われるような情勢では戻るに戻れない。
通信術式を開くべきか、と逡巡するが、彼はすぐにその考えを放擲した。
「部下を信じられないようじゃ、王様失格だな」
無責任なように見えるが、これこそが彼なりの信用だった。
他者との関わりにおいて、自分のことを考えながら行うのは最大級の悪手である。
危機的な状況に陥った者が他者を救えないのと同じく、自分に余裕を持っていない者が他人を説得できるはずがない。
善大王は国を宰相に任せることで、その干渉を完全に遮断していた。
故に、彼は皇として不自由なく動くことができる。恐れも不安もなく、堂々とした態度で振る舞える。
これがもし、定期的に光の国からの連絡を受けているような状況であれば、その荒れ具合に頭を悩ませていたことだろう。
そうなれば、同盟構築に使うべき頭を余計に食われかねない。
「(分かったところで手が打てないなら、俺は俺の仕事に集中すべきだ)」
そう自分に言い聞かせると、彼は一度開けた目を再び閉じた。




