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「ガムラン、これで最後かな?」
「さあな」
無防備な体勢で墜落していくティアだが、最後の最後まで強気な態度は崩さなかった。
ガムラオルスは万全な状態で、空中においては他者の追随を許さないほどの旋回性能を有していた。
状況は圧倒的に彼の優位。ただ、渡り鳥の表情にはその優劣さえもひっくり返すのではないか、と感じさせるだけの強さが含まれていた。
二人が衝突する、というまさにその時、彼は両手でティアを抱きかかえた。
「……あはは、バレてた?」
「客観的に見れば、そうとしかいいようがない」
彼女の手の傷について語っていると思いきや、両者が気にしているのは、勝負の行方だけだった。
それは互いに認めた通り、ガムラオルスの勝ちだった。
ティアはあの場で彼を下すだけの手を持ってはおらず、あの場で衝突でもしようものなら、見当通りに攻撃を直撃していたことだろう。
「俺を試したつもりか」
「……最初はそのつもりだったけど、ちょっと甘く見てたかな」
「侮るな、と最初にいったつもりだがな」
「だって、ガムランがずぅぅぅっと手を隠してたから、ムカっときちゃって……うん、でも本当に強いね」
彼女に勝ち目がなかったか、と言われると、そうではない。
ティアはガムラオルスの本気を引き出す為、あえて彼の有利な空中戦におびき寄せたのだ。
相手の土俵で戦うという行為は、実力差が何倍もあって初めて成立するもの。当時ならばともかく、今の二人にその大きな開きは存在していない。
だからこそ、地上での戦いを中心とし、彼女が自由に動ける状態であれば――勝負はどちらに転んでいたかは分からなかっただろう。
「ガムランはなんで、私をあんなに守ってくれるの?」
この言葉が戦いの中にないということは、朴念仁気味の彼であっても、すぐに気付いた。
「……それはティアが族長だからだ」
「それだけ?」
「強いて言うなら、巫女だからだ。ティアの戦力はこの山の全員を集結させる以上に大きい――小競り合い程度で消耗させるものではない」
彼の言葉は戦術家としては、至極当然なものだった。
戦いとは常に不確定要素を含んだゲームと等しく、絶対的な強さを誇る切り札であっても、偶然などの要素であっさり敗れることもある。
だからこそ、彼はここぞという場面以外では、彼女の安全を重視していた。
「私はあんなに強いのに、それでも駄目なの?」
「今の戦い、ティアは俺に負けていた」
「だって、それは――」
「俺を試していたんだろ? だが、それが足を引っ張った。これと同じ事が起きないと、断言できるのか?」
かつてはただの遊びとして行っていた戦いも、今こうした場面になってみると、未来を占うことに相当していた。
どんな理由があったにしても、ティアはガムラオルスに敗北したのだ。一度あることは二度も三度もある、彼はそれを理解しているからこそ、自身の意見を曲げる気がなかった。
「でも、今のままじゃ……みんな、ガムランのこと嫌いになっちゃうよ」
「それはそれで構わない。もとより、俺のような立場の人間は人に好かれるようなものではない」
地上で痛々しい真似をしていた時代であれば、十分に笑える滑稽な台詞だった。
だが、今の彼はそれとは少し――大きく違っている。この考えはつまり、シナヴァリアのそれと同じなのだ。
理想の旗印とも言える大将を支えるのは、その副官や軍師。彼らが泥を被り、現実的な面から帳尻を合わせないことには、勝てる戦にも勝てない。
当然ながら、人はこうした現実性をひどく嫌う。しかし、常に理想という安眠の中に在りたいと願うことを、誰が咎められるものだろうか。
だからこそ、こうした立場で支える者は覚悟をしなければならない。地上で学び、危機に際したことで、ガムラオルスは自然とそれを体現したのだ。
「……うーん、じゃあ族長として命令するね。ほんの少しだけでもいいから、みんなを思いやってあげて」
「俺に命令するか」
「うん」
「……であるならば、それに従おう」
彼は不服であったが、それでも族長命令ということであれば、それに従うのが道理だった。
ただの横暴、乱暴な説得方法にも見えるが、仲違いに至るほどの致命的な手段ではなかった。
あの戦いの中、二人は拳を交えることで互いを知り、そして一応の妥協点を探り当てたのだ。
その結果がどうであれ、ガムラオルスが折れたのはこの戦いあってのもの。
もしも、ただ理不尽に命令をしようものなら、彼は主に反してでも既存の方法を押し進めていたことだろう。




