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「(導力の足場……か)」
ガムラオルスは自身の庭である飛行に関して、高い洞察能力を有していた。
鳥は軽い為に、少ない力でも空を飛ぶ。
人間のような重いものを持ち上げ、宙に維持させようものなら、それこそ彼のように推力を常時放出する他にない。
少なくとも、ティアにその兆候は見られなかった。彼女から放たれていたのは、ほんの微量な導力であり、当然それだけで飛行は成立しない。
「(人が乗っても砕けない硬度、そして空中への放出、維持――全てにおいて、巫女だからこそできる芸当だ)」
一見難しくなさそうな技術だが、彼が思考した通り、これは非常に難しい。
そもそも、導力の放出は元来は少量――《魔導式》に用いられる程度に抑えられている。
これは導力自体がそこまで大きな力を持たず、技術によって変換することで初めて、真価を発揮することが原因だ。
その例外として善大王やスタンレーがいるわけだが、彼らのそれは異端の側に立つ技術であり、普通の使い方ではない。その上、彼らほどの使い手であってもなお、実戦に耐えうる放出は肉体に面したものとなる。
圧縮、そして放出。これこそが導力戦闘の基本となるわけだが、この発射点となる部位は基本的に、手指などの末端部とされている。
この基本的な仕組みを無視したのが《魔導式》であり、微量の導力を空中に放出し、固定するという技術である。これでさえ、技術確立以前は困難とされていたほどだ。
いくら時代が進んだとはいえ、人の重量を耐えきるだけの導力を固定するというのは、今に定着した技ではないのだ。
「ほら、ガムランっ! 私だけどんどん上に行っちゃうよっ!」
それはまるで、現実の二人を示すような光景だった。
「(昔も今も、それは変わっていない。どんどん上に……? 俺が上だった時代が一度でもあったとでも言うつもりか?)」
ティアは狙っている。彼女の器用な真似は、ただ相手を挑発するだけのものではない。
この状況は彼女にとって、絶対的な有利をもたらす。人の死角となる頭上を奪われた以上、それに対する対抗手段は限られてくるのだ。
一つは対空迎撃、術や突き上げによる撃墜を狙った策だ。
もう一つは、彼女よりさらに上――もしくは射程内にまで近づくこと。とはいえ、こちらは周囲に足場のない決闘場である為、通常は不可能だろう。
であれば、と彼は《魔導式》の展開を開始した。ガムラオルスの取った手は、術による対空迎撃だった。
「(ガムラン、それじゃあ本気の戦いにならないよ――私は、本気のガムランと戦いたいのっ!)」
ティアは上へ、さらに上へと上がっていく。
《魔導式》は時を追うごとに刻まれていくが、完成へと至る以前に、彼女は術の射程外へと逃れていた。
「あれだけの回数を行えるということは、運任せの技術ではないということか」
「もっちろん! 私だって強くなってるんだからっ!」
聞こえないだろうと思って発した言葉は、遙か上空の少女に届いていた。
彼はばつが悪そうな顔をした後、何かを決断したらしく、大きく息を吸った。
「(ティアの狙いが本気の勝負だとすれば――俺もそれに付き合わなければならない、というわけだな)」
望ましくない展開と分かりつつも、彼は勝負に乗った。
いくら裏方に回り、一族の運用――彼女の安全の為に動いていたとはいえ、彼は負けん気を失っていなかったのだ。
「ティア、遊びはここまでだ」
「私は最初からそのつもりだったよっ!」
「……フッ、なら――遊びだった方が良かったと、後悔することになるぞ」
常に流れる風は場外の草木を踊らせ、海や川かのように一方向の流れを生み出していた。
しかし、彼が目を閉じた瞬間、その流れは乱雑に――別々の方向へと裂けていく。
起点は闘技場――いや、ガムラオルス。彼の周囲にはうっすらと緑色をした風が吹き荒び、それは次第に勢いを強めていく。
激しい排気音は低音の鈍さを失い、鋭い高音へと変化していき、極限にまで高まっていく。
瞬間、カッと瞬またたいたかと思うと、彼の足は――体は、地より離れた。




