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――風の大山脈、決闘場にて……。
いつか善大王と戦ったそこに、二人は来ていた。
魔物を退けたばかりだというのに、ティアはガムラオルス以上に元気であり、すぐにでも戦えるといった様子で構えを取っていた。
「ここまで来て言うのもなんだが……こんな時期にすることか?」
「こんな時期だからこそ、だよっ!」
理解しがたい巫女の要求に、彼は懐かしさを覚え始めていた。
「(そうだ……昔から、ティアはこうだった)」
二人が決闘場の中に足を踏み入れた瞬間、「審判もいないし、ガムランの先攻でいいよ」と彼女が唐突にルール説明を開始した。
「侮るな、俺もいままでの俺とは――」
その少女は何も言わず、じっとガムラオルスの顔を見つめていた。
言葉はなく、真剣な表情だったことも相成ってか、彼は気圧されるように「分かった」とだけ返答した。
すると、彼女は再び笑顔を取り戻し「それでこそガムランだねっ!」とかつてのままの調子となった。
二人が向かい合った位置に立つと、合図役がいないことを思い出し、指定通りにガムラオルスが先制攻撃を行った。
軽い組み手のような気持ちで放った蹴りは、ティアの刹那の見切りによって回避され、反撃を許すことになった。
咄嗟に腕で防いだガムラオルスは、その蹴りの重さ、そして彼女の誠実さを痛感することになった。
「(本気、か)」
「ガムラン、それくらいじゃ侮っちゃうよ……私」
「抜かせ」
こんな戦いで何を本気になる、と考えそうになったガムラオルスだったが、すぐに思考を打ち切った。
相手が風の巫女である以上、思案しながらではついて行くことさえ困難。本気で挑まなければ、また手痛い一撃を浴びせられることになる。
反撃態勢で待つティアに対し、ガムラオルスは五指を手刀とし、鋭い突きを放った。
鷹の嘴の如き刺突は、それ自体が重槍の一撃に匹敵する破壊力を持ち、並大抵の人間なら絶命させるに足るものだった。
「(地上にいる間、俺も遊んでいたわけではないッ!)」
咄嗟に攻撃の危険性を判断した渡り鳥は、この攻撃を紙一重で回避し、踊りのような回転動作に合わせて反撃を叩き込もうとした。
背面に伸びる足、攻撃の反動も相成って、ガムラオルスには対応不可能かに思われた。
しかし、彼は瞬時に剣の柄を叩き、鞘による反撃返しを行った。
この奇襲はさすがに読み切れなかったらしく、攻撃の中断も間に合わず、彼女の体に命中した。
「いったぁ……ガムラーン、それ卑怯じゃないかな」
「最初に本気を出したのは、お前だろ」
「……まっ、いいけどね。でも、もうそれは通用しないよっ!」
重い一撃を喰らったにもかかわらず、彼女は軽い身のこなしで体を起こし、態勢を整えた。
「確かに、ガムランをちょっと侮ってたかも――だから、ここからは本気で行くよっ!」
それまでカウンター主体で戦っていたティアだったが、本気という前言に偽りはなく、攻撃形態に変化させた。
「(正面対決……か)」
本気という言葉を聞きながらも、ガムラオルスはまだ手を抜いていた――否、そもそもこれは命を賭ける戦いではない故、そうするのは当たり前といえば当たり前である。
ただ、彼が手札を多く残しているのは明白だった。鞘打ちという裏技を用いながらも、副武装である骨断剣は未だ腰に差したままである。
もちろん、これはティアとて理解の上。彼女の意図からすれば、彼に剣を抜かせる――本気を出させる為に手を打つことは、おおよそ予測の範疇であった。
刹那、渡り鳥は地上でその名を轟かせたままに、宙を舞い、空を駆けた。
これは当然、彼女を形容したものであり、実際に飛行能力を有しているということではない。しかし、だからといって、これが比喩の表現であるともいえない。
――彼女の躯は、確かに宙に在ったのだ。




